*色々*


 規則的な機械音が、室内に響く。その中心にあるのは、豪奢な寝台。そこに、この一年程、一度も眼を覚まさなかった人物が眠っている。
 命は取り留めた。けれど、服用した毒の作用か、或いは他の原因があるのか、医師ですら原因の分からぬ何かで、目を覚ますことがない。
「ナナリー」
 声をかければ、寝台のすぐ側で車椅子に座った少女が振り返る。その手はずっと、眠ったままの実姉の手を握ったままだ。
「シュナイゼルお兄様」
「そろそろ、エリア11に着くよ」
「………はい」
「本当にいいのかい?エリア11の総督の任務に着くのは?」
「私が望んだことですから。お父様も、許可をくださいました」
「けれど、ルルーシュを連れて来るとは」
「離れていたくないんです。お姉様が目を覚ました時には、一番にお会いしたい」
「………分かったよ。皇帝陛下も“黒の騎士団”を警戒して、ナイトオブラウンズを数名貸してくださったし、護衛に関しては問題ないだろう」
「何から何まで、シュナイゼルお兄様には甘えてしまって」
「いいんだよ。君達が見つかって、何より嬉しいからね」
 数年前に死んだと発表された妹達が、生きて見つかった。それは確かに嬉しいことだった。けれど、失ってしまったナナリーの目と足は治ることもなく、その上ルルーシュは昏睡状態で一度も目を覚まさない。それを、本当に良かったと、心からは喜べなかった。
「ああ、政庁が見えてきたね」
 見えないナナリーに教えるように、シュナイゼルは、アヴァロンの窓の向こうに見える景色を口にした。


 深く椅子に腰をかけ、携帯電話を取り出して操作し、イヤホンを繋ぎ、耳中へ入れて瞼を閉じる。
『お前がこれを聞いているということは、俺はもう死んでいるか、ブリタニアに捕らえられているだろう』
 枢木スザクとの会話音声を録音したのは星刻の独断だ。そして、それを公開したのも。
だが、これは、違う。恐らく、日時を指定し、一定期間アクセスがなかった場合に自動的に星刻の元へと送られるように、設定されていたのだろう。
『気がついていて、気がつかないふりをしていただろう、お前?』
 責めるような、自嘲するような言葉に星刻は何度も、何度も、後悔を繰り返した。
 何故、問わなかった。何故、確認しなかった。何故、手を伸ばさなかった。何故、手を伸ばしてくれるまで待っていたのだ。
 いっそ、その腕を掴んで引き寄せ、攫ってしまえばよかったのに。
『ありがとう、星刻。お前の優しさは、救いだったよ、俺にとって。だから、それに報いるために、お前の願いを叶える』
 願いは、君だ。君自身だと言えたなら、どんなに良かっただろう。一笑されていただろうか。それとも、苦笑しつつも受け入れてくれただろうか。
『お前の願い、中華連邦の建て直し、天子の救出に少しでも役立つかもしれない情報を、流しておく。俺なりに、計画も立ててみた。使う、使わないはお前に任せる』
 同じ事を考えていた。君と、同じ事を。計画の大筋はほぼ合致していた。ただ、君の考えの方が緻密で、手数が多かった。私では、到底適うことのない知略がそこには散りばめられていた。
『勝手を言うが、もし、本当に俺に何かがあれば、ナナリーを頼む。俺が頼れる人間は、本当に少ないんだ』
 頼れる人間だと思ってくれていたのなら、何故、何故もっと早く、全てを明かしてくれなかった。そうしてくれていたならば………
『お前の言う“愛してる”には到底及ばないだろうが、俺は、多分、お前をちゃんと好きだったんだろうな………これでは遺言だな。忘れてくれ』
 どんなことをしてでも、君を、手に入れていたのに。
『星刻、生きてくれ。お前は、お前の望む道を進め』
 遺言になど、させはしない。
「必ず、連れ戻す、ルルーシュ」
 もう一度、彼女をこの腕の中に取り戻すためならば、悪魔にでも魂を売る。悪鬼に成り下がっても構わない。
 仄暗い炎のような瑪瑙色の双眸が、赤く鋭い眼光へと変わった。


 星刻の退出した室内で“黒の騎士団”幹部達が顔をつきあわせていた。その中心にいるのは、何故かカレンだ。
「あれは、本当に“ゼロ”ということだな?」
 藤堂の言葉に、カレンは数秒迷った後、ゆっくりと頷いた。
 確かにあの音声は“ゼロ”の正体を暴く物ではあったが、誰もその仮面の下を知らないのだ。声だけでの判断は出来なかった。ならば、直前までその場にいたらしいカレンに問いただすのが正しい判断だろう、と。
「最初は、ルルーシュがそうじゃないかって疑ってた。でも、違うって思ってた。なのに、ルルーシュが“ゼロ”で、同級生で、混乱して、あの場から逃げた」
 逃げなければ、ルルーシュは毒を煽らなかったかもしれない。助けられたかもしれない………カレンは、逃げた事への責任を少なからず感じていた。
「過ぎてしまったことは仕方がない。今はまず“ゼロ”の救出が先決だ。何か、わかりやすい外見の特徴などはあるのか?我々幹部だけでも知っている方がいいだろう?」
 今後も一般団員には伏せておくべきだというのが、今いる全員の意見の一致だ。“ゼロ”の素性、正体、外見など、全て。だが、不足の事態に備えて、幹部だけでも知っておくべきではないかと、藤堂は考えている。
 その時、ノックもなく唐突に部屋の扉が開いた。鍵はかけていたはずだ、と全員が振り返り、無遠慮に入ってきた闖入者に、全員が言葉を失った。
 左目を隠すように機械のような仮面をつけており、一見するとその容貌は異様だ。しかし、室内にいる誰もが、彼を知っていた。
 そんな、誰も動かない中で、ようやく奥から出てきた星刻が、苦笑するように口角を上げた。
「お早い到着だな、オレンジ君」
 星刻の言い様に、少し気分を害したらしい男が、右腕を軽く振ると、そこには剣が現れた。もう一振り腕を振るうと、現れていた剣が消える。
「調整を無理矢理早く終わらせたのだ。私の力が、入用なのだろう?あの方の為に」
「まさか、此処まで早いとは思っていなかったが、正直助かる。それで、情報は?」
「勿論、入手済みだ。ブリタニアを出発したアヴァロンに、シュナイゼル皇子及びナナリー皇女殿下が搭乗し、エリア11へと向かっている。時間的には、そろそろ到着する頃だろう」
「アヴァロンか………面倒な」
「面倒な情報がもう一つ。ナイトオブラウンズも数名搭乗しているということだ」
「ということは、新しい総督に就任するのはナナリーで間違いないな。シュナイゼルが総督に就任する可能性はほぼない」
 二人の間だけで進んでいく会話に、“黒の騎士団”の幹部は誰も、口を挟めない。
「それから、これが総督府の図面だ。ただし私がいた頃の図面なので、正確性は保証しかねる」
「ないよりはましだ」
 差し出されたデータを受け取り、星刻がパネルを操作し始める。そこでようやく、ずっと黙って幹部達の話を聞いていただけのC.C.が口を挟んだ。
「………お前達、何時の間に手を組んだ?」
「ルルーシュ様こそ我が主と見定めたまで」
 ジェレミア・ゴッドバルト………“ゼロ”に、ルルーシュに、全てを奪われた男。彼こそが、星刻の言う協力者だった。















2020/5/30初出