*丹心*


 中華連邦総領事館の中で、黒の騎士団幹部達が雁首を揃え、突然の闖入者であるジェレミア・ゴッドバルトを囲んでいた。かつて、まだ黒の騎士団が結成されてもいない頃、唐突に現れた“ゼロ”に失脚させられた男………誰より“ゼロ”を憎んでいるであろう男が何故、黒の騎士団に協力をするのか。
「誤解のないように言っておくが、私は決して君達“黒の騎士団”に与する者ではない。ただただ、あの御方………ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア様の為に動く名目で此処にいる」
 それは、彼が“ゼロ”の正体を知っていると明言しているということだ。そして、そのために動くということは、ひいてはブリタニアのため、ということになるのでは………そう考えた幹部の思考を推測したのか、星刻が口を開く。
「彼はブリタニアに与する気はないそうだ」
「何故?」
 藤堂の質問に、ジェレミアは軽く肩を竦めた。
「私はかつて、御仕えした皇族をお守りできなかった。その方の御子であるルルーシュ様をお守りするのは必然。故に、ルルーシュ様の歩まれる道こそが、私の歩むべき道」
「貴様は、あの事件を知っているのか?」
 C.C.の言葉に、ジェレミアが頷く。
「裏にある謀略を、ルルーシュ様は暴こうとなさっているのだろう?ブリタニアの闇を、神聖ブリタニア皇帝の外れた道を」
「皇帝が外れた道を歩んでいると、何故お前に言える?」
「あの場所を知れば、一目して知れるというものだ。あのような、科学とも魔道とも分からぬ行いで民を導けるはずもない」
 C.C.とジェレミアの間に、息が詰まるほどの緊張感が生まれる。それを打破したのは、やはり星刻だった。
「幹部諸君には話していなかったが、ルルーシュ………“ゼロ”の最終目的は日本の解放ではない。いや、そもそもの出発点が、そこではなかった」
「では、何が目的だ?」
 藤堂の問いに、星刻は笑んだ。
「神聖ブリタニア帝国の崩壊」
「なっ!?」
「そんなこと、できるわけ………」
「今は無理だろうな。だが、彼女の頭の中には計画があった。そして、それを自分一人で成し遂げる気でいた」
「そんな、馬鹿な………」
 幹部達が絶句する中、藤堂は考え込み、答えを見つけたように顔を上げた。
「彼女の母親か?」
「流石に知っているようだな」
「藤堂さん?どういうことですか?」
 朝比奈の問いに、迷った末に、藤堂が口を開く。
「ルルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとナナリー・ヴィ・ブリタニアの姉妹の母親は、殺されている。その為、政治の道具として日本へ来た」
「人質、ですか?」
「そうだ。しかも、母親が殺されたのは、皇宮内だったな?」
 ジェレミアに視線が向けられ、頷く。
「アリエスの離宮。美しい宮だった。そんな場所が、銃弾の嵐に曝され、血に染まった。私はその場にいたのだ。だというのに、守ることが出来なかった………今度こそ、お守りすることが適うのならば、この力、存分に揮おう」
「だからこそ、彼女はブリタニアを憎んでいる。力を謳いながら、その力で守ることをしないブリタニアを」
「だから、壊すということか」
「その過程で、日本は解放される。その中には、我が中華連邦も含まれている」
「ブリタニアに虐げられている国々、侵略される恐れのある国々、か」
 頷いた星刻は、地図を取り出して広げた。それは、エリア11に置かれた政庁の図面だった。
「それでは“ゼロ”の奪還作戦を詰めていきたいと思うが、異議はあるか?」
 星刻が室内へ視線を巡らす。扇、藤堂、朝比奈、仙波、千葉、卜部、カレン、C.C.、ジェレミア………誰一人として、否を唱えるものはいなかった。


 星刻は、正式な中華連邦本国からの書面を携え、神聖ブリタニア帝国のエリア11総督府に足を運んだ。勿論、正面から。当たり前のように衛兵には止められる。
「中華連邦総領事館から来た黎星刻という。数日後、正式な総領事が着任するため、その件についてエリア11の責任者との話し合いに来た」
「中華連邦総領事館から?」
 不審そうな衛兵の視線に、苦笑する。あの時も、こんな風だった。
「明日にも総督の就任式が予定されているのは聞き及んでいる。その為、事前にお知らせに参った」
 星刻の言葉に、二人の衛兵の内一人が、内線で上司に確認を取っているようだった。無論、通れるように話はしてある。
「通れ」
 星刻の前に掲げられていた槍が引かれる。これで、第一関門は突破だ。さて、問題はこの先………星刻は軽く肩に触れた。それが、“彼ら”への合図だった。
 総督府の中を長く歩かされ、通されたのは白を基調とした、静かな部屋だった。数脚の椅子と机、揺れるレースのカーテンが、少し冷たい風を呼び込んでいる。
 室内へと入る前に、剣や銃等を持っていないかのチェックがされる。目に見えるような武器など、幾ら取られようが構わない。
 暫く待つと、扉が数度ノックされ、入って来たのは、ナイトオブラウンズのマントを翻した男が、二人。
 ………落ち着け。今、この男と事を荒立てるわけにはいかない………
 悟られないように、椅子から立ち上がりながら息を吐き出し、星刻は笑みを湛えた。
「在エリア11中華連邦総領事館、領事代理の黎星刻と言う」
「私は神聖ブリタニア帝国のナイトオブラウンズ、スリーのジノ・ヴァインベルグだ。よろしく」
「同じく、ナイトオブセブンの枢木スザクだ」
 二人が席へ座り、星刻も促されて座る。スリーであるというジノの前に書面を滑らせ、開封を求める。軽く中を改めたジノは、頷いた。
「正式な書面だな。では、中華連邦はどう対処をするのかな?」
「………どう、とは?」
「しらばっくれるな。黒の騎士団を匿っているだろう?」
 スザクの、殺意すら抱くような視線に、星刻は軽く肩を竦めて見せた。
「匿うなど、人聞きの悪い。むしろ、我々も困惑しているところです」
「と、言うと?」
 探るようなジノの視線に、星刻は一度彼の持つ書面へ視線を向けた。
「先の領事である高亥が彼らに殺害され、脅しと共に居座られているのですよ。領事館側の警備人数と彼らの人数では、圧倒的に差がある。これ以上の死者は出せない」
「だから、大人しくしている、と?」
 ジノの言葉に頷き、星刻は笑んだ。
「私は所詮代理で、様々な権限を擁していない。ですが、新しい領事は彼らを追い出すでしょう。ご安心を」
「追い出したそこを私達が追い落としても構わない、ってわけだ。で、君達はだんまりを決め込む、と?」
「エリア11内で起きることです。我々には関わりがない。追撃も撃破もご自由に」
 言うだけ言い、星刻は立ち上がった。そこで、さも今ようやく思いついたというように顔を上げる。
「そちらも新総督が赴任されるはず。挨拶をさせていただければ、と思うが?」
「総督の就任は明日だ」
「知っています。けれど、風の噂でナナリーが就任すると聞きました」
「なっ………何故ナナリーのことを?!」
 枢木の驚きが面白くて、星刻は笑いを堪えるのに苦心した。………自分だけが何もかもを知っていると思うな、と。















2020/7/19初出