神聖ブリタニア帝国領エリア11総督府の門前で爆発が起き、警備の兵がそちらに気を取られている隙に、一人の男が総督府の中へと侵入した。その男は迷いなく施設内へと侵入し、警備用のシステムなどを管轄する部屋へと入り込んだかと思うと、室内にいた者全員を打倒し、預かっていたウイルスソフトを侵入させ、システムを壊滅させた。 「さて、次は」 同じブリタニア人なのだ。命までは奪っていない。彼らの能力があれば、一日程度で破壊されたシステムは元に戻るだろう。少々の混乱が起きればいいのだ。 「シュナイゼル宰相閣下の目を欺くには、必要だ」 混乱の数が多ければ多いほど、対処をする手数が増える。その手数を増やさなければならないのだ。 「急がれよ、黎殿」 部屋を出て、更なる混乱を招くために、ジェレミア・ゴッドバルトは総督府内を悠々と歩き始めた。 大きく建物が揺れた。その後に爆発音。それが星刻への彼らの合図だ。 「ナナリー」 「黎様?」 「私はこれから、ルルーシュを浚います」 「え?」 「ここにいたのでは、二度とルルーシュは目覚めない。理由はお分かりですか?」 「いいえ」 「ルルーシュに目覚めてもらっては、ブリタニアが困るからです。ブリタニアという国家にとって、ブリタニア皇族にとって、何より表沙汰にしてはならないこと………それは、ルルーシュが“ゼロ”だという事実です」 「お姉、様、が………ゼロ?ユフィ姉様を殺した?」 「そうです。それを、皇帝は知っている。そして枢木スザクも」 「え?」 「枢木スザクが“ゼロ”を捕まえた。ならば勿論その正体を知っている。その功績で彼はナイトオブラウンズになったのです。そしてルルーシュがこうなったその原因は、枢木スザクにある」 「待って………待ってください!スザクさんがそんな………お姉様がゼロだなんて」 「混乱するのも仕方がありません。皆が、貴女にだけは知られまいと、知って欲しくないと願っていた。隠していた。その結果が、今のこの状況です」 星刻がジノから奪い取った剣の切っ先は、今ジノの喉元にある。動くことすら叶わず、星刻の言葉を止めることもできなかった。 「一緒に行きませんか?」 「え?」 「ルルーシュは、それを望まないかもしれない。だが、私は彼女に幸せになってもらいたい。彼女の望み、願いを叶えてもらいたい。そのためにはきっと、貴女が側にいる必要がある」 「何処へ、行くのですか?」 「今は、中華連邦総領事館です。その後はまた移動しますが、神聖ブリタニア帝国へは戻れないと、覚悟だけはして頂くことになります」 「お姉様の望みを、願いを、黎様はご存知なのですか?」 「優しい世界」 「え?」 「そして、母の死の真相」 「お母様の?」 「そちらに関しては、今私の方で調査が進んでいます。恐らくそう遠くない内に、首謀者が掴めるでしょう。そして、その首謀者の存在を、皇帝は知った上で黙認している」 「お父様が?」 「ええ。ナナリー、貴女は、どの程度ブリタニア皇帝のことを知っていますか?出自や生い立ち、性格や趣味など、ご存知のことがどれだけありますか?」 「………お父様とは、あまり御話しもしませんし、お会いできませんから」 「そうですか。では、やはりお誘いします。ルルーシュを浚う私について来ませんか?」 その時、大きく部屋が揺れた。何かがぶつかったような揺れの後、巨大なチェーンソーで木を斬るかのような轟音が響く。 視線を上げれば、ジノの視界には、部屋を切り取りでもしようとするような、巨大な剣先が見えた。恐らく、KMFの剣だろう。 「ナナリー様!」 縛める縄を解こうともがくが、どういった絡み方になっているのか、解く糸口が掴めない。そして、ここまでの騒動になっているのに、誰も駆けつけてこないのは異常だった。 そこへ、大きく扉が開け放たれる。援軍かとジノが首を向ければ、そこには、知らないブリタニア人が立っていた。 「黎殿、ご無事か!」 「後は脱出だけだ。ジェレミア卿、ナナリーの安全確保を」 ジェレミア、という名に、ジノは驚いた。確か彼は“ゼロ”に失脚させられた貴族。戦死したとも、負傷したため戦線復帰は二度と出来ないとも聞いていた。だが、その姿は異様。顔の半分を機械のような仮面で覆い、どう仕込んでいるものか、腕から剣が生えているように見えた。 「失礼致します、ナナリー・ヴィ・ブリタニア皇女殿下。私はジェレミア・ゴッドバルト。かつて、アリエスの離宮の警備兵をしていた者です」 「え?離宮の?」 「急を要しますので、後ほど説明させて頂きます。御身に傷がつかぬよう、僭越ながらこのジェレミアが守らせていただきますので、ご安心を」 言うなり、ジェレミアはナナリーの車椅子の車輪が回転しないように固定し、更には靴の底に仕込んだ刃を床へ打ち込むと、自身の体でナナリーを車椅子ごと守るように正面を固めた。 そうこうしている内に、KMFの剣先が、部屋を一周し、亀裂が壁へと入っていく。 「仕方がない。人質にはならないが、君にもこのまま来て貰おう、ナイトオブスリー」 「くっ!」 亀裂の入った壁が剥がれ、窓枠がガラスごと外へと落ちていく。部屋が崩壊する、とジノが思う前に、かろうじて部屋の形を留めたまま、崩壊は止まった。 剥がれ落ちた窓の外に、赤い色。 『掴んだわよ!』 スピーカー越しに女の声。 「このまま運んでくれ」 『ったく!“ゼロ”以上に頭がぶっ飛んでるわよ、あんた!』 「褒め言葉だな」 『褒めてない!』 気づけば、床に転がったままだったはずのジノの視界に、遠く総督府が見えている。 部屋ごと切り取られ、運ばれているのだと気づいた時には、もう、遅かった。 在エリア11の中華連邦総領事館内は、騒然としていた。突如として、紅いKMFが建物の一部と思しき場所を抱えて降り立ったからだ。事前に聞かされていた者はそう多くなく、誰もが言葉を失っていた。 だが、その周囲を取り囲むように“黒の騎士団”の幹部がいるため、何が起きたのか確認しようとする野次馬は、近づけずにいた。 藤堂が、近くにいた団員数人に、領事館から脱出する手筈を整えるよう指示を出す。そのすぐ側で、扇が別の団員に医療器具の用意を支持し、紅いKMF、紅蓮から下りてきた紅月カレンを労うように朝比奈が声をかけている。そのKMFはすぐに調整するため、仙波や卜部が動き出す。何が起きているのか、一般団員が右往左往している内に、星刻はルルーシュを寝台から抱え上げ、繋がっていた点滴を抱えて歩き出した。 「ジェレミア卿、ナナリーを」 「承知している」 「藤堂将軍、手違いでナイトオブスリーを連れてきた。何処かに拘束しておいてくれ」 「分かった」 人質か………と、ジノは溜息をつき、何も出来なかった自分を、騎士としての務めを果たせなかった自分を、不甲斐なく思った。 ![]() 2020/11/14初出 |