*埋火*


 ジノは、目の前で繰り広げられている…いや、正確には画面の向こうで繰り広げられている戦闘が、信じられなかった。
 ルルーシュは、リハビリが必要だと医師の診断を受け、一年以上眠っていたせいで落ちた筋肉や体力の回復を優先させる必要があった。だが、何よりルルーシュが優先させたのは、自分の体を動かすことよりも、動けない事を見越した上での“人の配置”で、その成果が今、目の前で繰り広げられている。
『俺を皇族だと認めるのならば、俺の命令が聞けるか?』
 ルルーシュは、ジノにそう問い、答えを要求した。勿論、ジノに“NO”はない。ナナリーを皇族として扱う以上、姉であるルルーシュも皇族として扱う。結果、今ジノは完全にルルーシュの手足として使われている。それは“ギアス”という異能に関わる調査を終えて戻ったジェレミアも同様だった。
 ルルーシュは、未だに食事もまともにとれず、ベッドの上で座っているが、その指示は適切で、正直、この指揮下で戦ってみたい、という思いをジノに起こさせた。
 “黒の騎士団”が、神聖ブリタニア帝国と中華連邦との和議ともとれる婚姻をぶち壊したが故に発生した戦闘。壊した張本人は“ゼロ”だが、中身はC.C.が演じていた。“黒の騎士団”が天子を略奪し、中華連邦軍が攻めてきた。その上、そこへブリタニア軍が参戦した。戦力差は明らかに不利であるのに、ルルーシュは特別慌てた様子もなく、蓬莱島に設けられた自室のベッドの上で、ジノを通して淡々と戦闘を指揮する。
 ルルーシュはまだ、声も以前のようには出ない。長く話していると疲れてしまうのだ。その代わりに、手元に用意させたパソコンを使う。KMFを乗りこなす体力も、戦艦に乗っていられる体力もない。小さなパソコン一つを扱うのが限界なのだ。
 だというのに、ルルーシュの指揮一つで、次から次へと戦場の様子は変わる。そして、とうとう、現場に居もせずに、戦況は決しようとしていた。
 ブリタニア軍を撤退に追い込む………戦闘開始前にそう呟いたルルーシュは、その言葉を現実のものにしようとしていた。
 戦場には、シュナイゼルが乗っているであろうアヴァロンがいる。だが、この戦況であれば、最後のルルーシュの一押しで、撤退するだろう。
 そして、ルルーシュは最後のその一押しをするために、少し楽しそうに口元に笑みを刷いて、パソコンのキーを押下した。


 “ゼロ”が“黒の騎士団”が、日本人の希望になった理由を、その過程を、ジノはまざまざと見せつけられた気がした。これは、確かに神聖ブリタニア帝国にとっての脅威になる。しかも、その頂点にいる人物がブリタニアの皇族なのだ。どうしたって表沙汰には出来ない。ルルーシュがナナリーとともにブリタニア本国に保護されている間、その名も姿も、全てが秘された理由が、よく分かった。
 ルルーシュの言葉通り、ブリタニア軍は撤退した。そして、中華連邦はその政治の中枢から、大宦官という害悪を排除した。その立役者となったのが、ルルーシュ達を此処へ連れてきたあの男であるというのが、どうもジノには納得出来なかった。いや、納得というよりも、ジノは知らないのだ。
 あの男が何故、ルルーシュやナナリーを此処へ連れてきたのか、その目的を。
 ルルーシュの目的は聞いた。連れ去るその時にあの男がつらつらと話していたからだ。だが、あの男自身の目的は何だ?日本人でもブリタニア人でもない、神聖ブリタニア帝国に敵意があるというのならば、中華連邦という立場やその国人として、だろう。その上でならば、今回の戦闘は理解できる。だが、ルルーシュやナナリーとの関わりが不明だ。
「お姉様」
 ナナリーが膝に乗せたトレーを、上半身を起こしてルルーシュが座るベッドのサイドテーブルへと乗せる。
「咲世子さんが作ってくださったんですよ」
「お粥か」
「ええ」
 白くどろっとした不思議な食事を、ナナリーは何の躊躇いもなく、スプーンをとり、掬い上げた。驚いたのはジノだ。食事からは湯気が立っている。ということは、作りたてということだろう。
「ナナリー様、毒味は?」
「毒味?まあ、ジノさん、咲世子さんは決して毒を盛ったりしません」
「ですが」
「ジノ」
 鋭くルルーシュに名前を呼ばれて、ジノは言葉を呑んだ。不用意な事を言うな、ということか?だが、それではあまりにも、ここにいる人間達を信用しすぎではないか?
 スプーンを取ろうとするルルーシュの手をやんわりとナナリーは押しやって、その口元へ食事を運ぶ。
「どうですか?熱くないですか?」
「美味しい」
「良かった………お姉様が元気になるまで、私がお世話しますから」
「それは、どうなんだ?」
「まあ、お姉様だって『一人で大丈夫です』って私が言っても、聞き入れてくださらなかったじゃないですか」
 ナナリーの言葉に、ルルーシュはそれ以上反論せず、運ばれる食事を口に入れる。
 皿の中の食事を半分ほど残して食事を終えたルルーシュは、皿を片付けに行くナナリーを視線で追いかけて、出て行った事を確認すると、ジノを睨んだ。
「余計な事を言うな」
「毒味のことでしょうか?余計とは思っていません。皇族という立場にあるのであれば、考えるべき当然のことでは?」
「………俺は毒に耐性がある。それに、日本人はあまりそういうことを考えない」
「イレブンを信用しすぎじゃ」
「人間を数字で呼ぶな」  鋭く、冷徹な、感情をそぎ落としたような双眸に、ジノは悪寒に背筋を震わせた。時折ルルーシュは、こういう目をしていることがある。ナナリーの前では決して見せない、他人に畏怖を与える目だ。
 その時、遠くから何人もの人の気配が近づいてきた。ジノは一応、ルルーシュやナナリーへの害を成す気がさらさらない、という点で信用を得て、室内にいる。皇族を守る。それが今、ジノのせめてもの“騎士”としてのあり方だった。
 部屋の扉が外から開けられる。此処を開けられる人間は限られている。室内にいる人間か、入室するためのパスワードを知っている人間だ。だが、扉の向こうに立っていたのはそのジノの予想を超えた人間だった。
「ああ、星刻。やっと来たか」
 当たり前のように、ルルーシュが言葉を発する。呼ばれた黎星刻の後ろには、追いかけて来たらしい咲世子や扇、千葉と言った“黒の騎士団”幹部がいた。
「問題ない。俺が呼んだ」
 ルルーシュのその言葉に、咲世子が一礼して下がり、扇や千葉を促し、離れていく。
「ジノ、ナナリーを頼む」
「しかし」
「俺が呼んだ、と言っただろう」
「信用できません。この男はエリア11の総督府を襲った男です」
「だそうだ、星刻」
「構わん。信用して欲しいとは露程も思っていない」
 室内に一歩、二歩と星刻が入室すると、部屋の扉が自動的に閉まり、鍵がかかる。それを確認したらしい星刻は、大股にベッド近づくと、そのままルルーシュに覆い被さるように、その頭を抱き込んだ。
「無事で、良かった」
「お前こそ。戦場で死ななくて何よりだ」
 ルルーシュの腕が弱々しく上がり、星刻の背中を撫でるようにさする。
「何を、犠牲にした?」
「犠牲?何も犠牲になどしていない。君を取り戻す為ならば、何を差し出したとしても、後悔などするものか」
「馬鹿だな、お前」
 本当に、馬鹿だ………と呟いたルルーシュの閉じた左目の眦から、涙が流れていた。















2021/10/22初出