*晨光*


 離せ、というルルーシュの言葉に、星刻がもう少し、と返してから数分が経過し、いたたまれなくなったジノが咳払いをした。
「ルルーシュ様、その、失礼ですが、彼は恋人ですか?」
「違う」
「まだ違うな」
「まだ?お前、諦めてなかったのか?」
「諦めていないから君を取り戻したんだが?」
 深くため息をついたルルーシュが、弱々しい力で星刻の体を押しやり、見上げる。
「俺は、俺の正体をお前が勝手に暴いたことを許していないからな」
「必要な措置だった。最善の策をとったまでだが、異論があるなら聞く」
「………異論がないから腹立たしいんだ」
「それは良かった」
 ベッドの横に置いてある椅子を引き、腰を下ろした星刻は、懐から情報記憶媒体を取り出してルルーシュに差し出す。
「ジェレミア卿から預かった教団施設の地図だ。それから、君に一つ相談がある」
「相談?」
「私を連れて行ってくれ」
「俺は、お前をこれ以上巻き込む気はない」
「教団絡みで言うならば、君の事とは関係なく私は巻き込まれている」
「どういう意味だ?」
「私の家が、教団と関係があった。詳細はその中に入っている」
 ルルーシュが渡された媒体を自分のパソコンと繋ぎ、急いで資料を立ち上げて目を通すと、驚いたように顔を上げた。
「そういうことだ。おそらく、君の母上が殺されたことと我が家は無関係ではない。私の父が殺されたタイミングも奇妙だからな」
「………お前の乗っていた機体も使えるか?」
「勿論、持ち出せる。あれは現状、私にしか乗れないからな」
「くそっ。戦力を考えるとお前を加えるのが一番早い………カレンは此処へ置いておきたい………一般団員は連れて行けない………これは、ある意味私闘だ」
「私にとってもそうだ。父を殺したのは大宦官だが、裏にその件があったと考えるのが自然だからな」
「ジノ」
「はい」
 呼ばれて一歩前へ出たジノに、ルルーシュの鋭い視線が飛ぶ。
「お前、ナナリーの側を絶対に離れるなよ」
「しかし」
「俺の身の安全よりナナリーの身の安全が第一優先だ。お前が此処にいるのは成り行きだろうが、事がここまで進んだら、簡単にお前をブリタニア本国に帰すわけにはいかない」
「それは、承知しています」
「一年前に“黒の騎士団”が蜂起した際、俺はあえて通っていたアッシュフォード学園を占拠した。それは、騎士団員達に学園を守らせる目的もあった。“黒の騎士団”は“弱い者の味方”だからな、学生に手は出さない。しかし、そんな衆人環視の中でナナリーはいなくなったんだ。何故かわかるか?」
「いえ………」
「攫われたからだ。ナナリーはそうは思っていない。ただ、本国へ連れ戻されただけだと思っているだろう。だが、誰かが連れ出さない限り、戦場になりつつある場所から自発的に動くはずがない。理由はわかるか?」
「お体が不自由だから、ですか?」
「違う。自分が動くことで周囲に迷惑がかかる可能性があるから、だ。あの場には、唯一俺やナナリーが皇族であると知っているアッシュフォード家の人間がいた。それを無視してまでその場を動くか?」
「考えづらい、ですね」
「だから、側に居ろ、ということだ。お前は曲がりなりにもナイトオブラウンズだろう?“ゼロ”である俺は守れなくても、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは守れる。違うか?」
「違いません」
「すぐに、ナナリーの所へ行け。これより先は、何よりそれを優先しろ。最悪、ナナリーの身に危険が差し迫るのならば、蓬莱島を出ても構わん」
 強いルルーシュの言葉、視線に、ジノはたじろんだ。
「私にナナリー様を託してまで、何をなさるおつもりですか?」
「知らない方がいい。お前にはきっと、背負えない………話しすぎて疲れた。少し横になる。ジノ、お前は行け」
「しかし」
「大丈夫だ。星刻は俺に危害を加えない」
 星刻が手を貸して、ルルーシュの体をベッドへ横たえる。もう、ジノの方へ向くこともしないルルーシュが、これ以上を踏み入れさせる気はないのだろう事がわかり、ジノは、部屋を退室した。
 “背負えない”という言葉は、完璧な拒絶の言葉だ。きっと、もう二度と、この部屋へ入室することも許されないだろうことが、ジノにはわかっていた。
 どうして、自分はこんなに気落ちしているんだ………その理由が分からないまま、ジノはナナリーを探した。


 横になったルルーシュの首元まで布団をかけてやり、星刻は再び椅子へ腰を下ろした。
「君は優しいな」
 言いながら、ルルーシュの頭を撫でる。
「あの言い方ならば、彼はこれ以上踏み込まないだろう。教団に関わるのは、あまり好ましくないという判断か?」
「ああ。ナナリーも、これ以上は関わらせたくない」
「それは、状況次第だろう。協力者はジェレミアだけというわけではないが、ほとんどいないからな。本当は、君が着手する前にもう少し味方を増やしておきたかった」
「無茶なことを」
 ルルーシュが布団から手を出して、パソコンへ触れようとするのを遮るように、その細い手首を掴み、小さな手を握る。
「今は休んでくれ。まだ、本調子ではないだろう?このスピードで体調を戻していては、KMFに乗るのなど、どれだけ先になるか」
「何とかなる」
「ラクシャータが開発している新しい機体は万全の体調でなければ、無理だぞ」
「見たのか?」
「少し、な。神虎とは全く違う、難物だ」
「それは、楽しみだ」
 軽く微笑んだルルーシュが、それでも瞼を閉じたのを見て、星刻はパソコンの電源を落として、サイドテーブルへと移動させた。


 眠りに落ちたルルーシュを確認して、部屋を出た星刻を待っていたかのように、壁に背を預けていたC.C.が笑う。
「逢瀬は終わったか?」
「君にそう言った気遣いが出来るとは思っていなかった」
「ふん。で、今後のスケジュールは?」
「それは、ルルーシュが考えるだろう。私は彼女の駒として動くだけだ」
「駒、ね。駒で落ち着く男ではないと思っていたんだが?」
「買い被りすぎだ。彼女の前にあっては、私など駒に過ぎないさ」
 C.C.の前を通り過ぎようとする星刻へと、冷ややかな声が落ちる。
「何が目的だ?」
「目的、とは?」
「ルルーシュを取り戻すというお前の言葉を私は信じた。だが、お前がその程度で満足するとは思っていない。お前の目的が私の目的と相反するものなら、行動を変えなくてはならないからな」
 魔女の目を誤魔化し続けるのも限界だな………と、心の中で溜息をついて、表情は笑顔を浮かべる。
「安心してくれ。何の為にV.V.に接近したと思っている?」
「お前のギアスは、何だ?」
「魔女にも分からないことがあるらしい」
「お前は私の契約者じゃないからな」
「ならば、私のことは放っておいてくれ」
 C.C.の目的は知っている。そして、それはきっと、遠からず叶えられるはずだった。その目的こそが、星刻の終着点となるはずだからだ。















2022/9/17初出