シュナイゼル・エル・ブリタニアの元へ、差出人不明の謎のメールが届いたのは、中華連邦から帰国して数日経たない内だった。兄であるオデュッセウスと中華連邦の国家元首である天子との婚約に失敗し、後始末に追われている時であった。普段であれば、そんなメールは目を通しもせずに破棄する。だが、シュナイゼルとて人間だ。疲れが蓄積していれば、うっかりしてしまうこともある。いつそのメールを開いたのか、気がついた時にはパソコンの画面へ、メールの本文が明示されていた。 『ブリタニア帝国宰相閣下 ゼロ、ブリタニア皇帝の椅子、そして世界の平和について、是非話し合いを』 それ以外に、何も記されてはいなかった。けれど、何故か気になった。文面を送りつけた人物は“何か”を知っている。 翌日、恐らく同じ人物からであろうと思われるメールが、もう一通届いた。文面には、日付と時間が指定されている。残念な事に、その日はシュナイゼルの体が空いていた。仕事であれば、それを理由に拒否することも出来ただろうに、休みとなれば、決して少なくない興味を引かれてしまった相手を、無視する訳にはいかなかった。 ひっそりと静まりかえった深夜。時折、忘れた頃に見回りの兵士の足音がする程の静けさの中で、シュナイゼルはパソコンの電源を入れて、待った。そして、時計の秒針が指定の時刻を示した瞬間、画面へ砂嵐が現れたかと思うと、一人の人物が映し出された。 『お初にお目にかかる』 「これは………随分と予想外の人物だ」 流石のシュナイゼルも、驚きを隠せず、それでもにこやかに、微笑んだ。 眼下で繰り広げられる戦闘を見下ろして、星刻は神虎で戦場を駆った。ルルーシュからは単独行動を許されている。ギアスという異能を研究し、信奉し、数多の国家に裏から関わる組織を、野放しにはしておけなかった。 研究と信仰を主とした施設は、戦闘能力に乏しかった。ルルーシュからは壊滅の命令が出ているが、私闘でしかない戦闘に“黒の騎士団”の団員をかり出すわけにもいかず、KMFの数は酷く少ない。それでも、あちこちで火の手が上がっているのを見ると、やはり相手側のKMF数は、更にそれを下回るのだろう。 事前の調査に、間違いはなかったという訳だ………一人ほくそ笑んだ星刻は、施設の一番奥、祭壇のあるであろう場所を目指していた。恐らく、そこに目的の人物がいる。 向かってきたKMFを一機撃墜し、重力に引かれて降下していくのを見下ろしながら、星刻は神虎を駆った。 遠くで火の手が上がる。爆音も聞こえてくる。その状況に、どうしてこうなったんだ、と思いながら、V.V.は目の前に立つ男を見上げた。 「お前、僕から貰ったギアスはどうした?発現しなかったのか?」 「その問いに、どんな意味が?」 「なら、質問を変える。これは、何だ?」 目の前に突きつけられているのは、銃口。そんなもので死にはしないと、目の前にいる男は分かっているはずなのに、何故そんな物を持ち出しているのか。 ギアスを与えられる、コードを持つ者。世界に二人しかいないコード所持者は、人間の作り出す武器では、死ぬことが出来ない。 「君を殺す、銃だな」 「はっ………お前、馬鹿になったのか?僕は死なないんだ。成長することだって、ない」 「知っている。だが、それはコードを所持しているからだろう?コードを失った体は、徒人と何ら、変わることがない。違うか?」 男の手が伸びて、V.V.の肩を掴んだ。 「君は、私の父を殺した。ここへ繋がる扉の管理者であった、父を。その理由は何だ?」 「今更、そんな事を知って」 「答えろ」 死なないとは言っても、痛みは感じる。男の指が肩へと食い込んでいて、痛かった。 「ここを、壊そうとしたからさ!人の道から外れてるとか何とか、偉そうな事言ったからだよ!裏切り者には似合いの末路だ!」 「それは、マリアンヌ皇妃もか?」 「………そうだよ。マリアンヌも僕達を裏切る気だった。いいや、あいつは、シャルルを誑かしたんだ!」 深々と溜息をついた男の手が離れ、強く肩を押した。子供の体のまま成長することのないV.V.の体は、軽い。押された強さのまま、後へと転んだ。 「お前、こんな事してどうなるか」 「想像していた理由から然程外れていなくて良かった。これで、心おきなく君を殺せる」 「は?だから、僕は」 「私のギアスが発現しなかったのか、と聞いたな?今、見せてやる」 男の左目が、赤く光った。そんな事で自分は死なないのに、と考えていたV.V.は、数秒後に自分の屍がその場に転がることを、想像していなかった。 その場にC.C.が到着した時、見慣れていたはずの風景が、一変していた。 静謐な場所だったはずだ。祭壇があり、祈りを捧げ、穏やかな時が流れる場所。石で出来ていた祭壇は半分抉れて石の欠片が飛び散り、その真横に、小さな体が横たわり、細いその体から、更に細い血の道が流れていた。 「おい、黎星刻」 KMFからC.C.が降りて声をかけると、星刻は持っていた銃へ、弾を装填し直していた。 「何だ?」 「お前が、殺し………いや、殺せたのか?」 「ああ。V.V.は死んだ」 「V.V.はコード所持者だ。どうやった?」 「君は、少し前に、私のギアスは何だ、と聞いたな?」 「ああ」 コード所持者は、ギアスを与える事が出来る。だが、そのギアスがどんな能力を発揮するのかは、発揮するまで分からないし、契約した相手全ての能力を把握出来るものでもないのだ。だからこそ、V.V.に接触してギアスを得た、自身の契約者ですらない星刻のギアス能力は、C.C.にとって、未知数だった。 振り返った星刻の左目には、ギアスではなく、コードが刻まれていた。 「お前………」 「私のギアス能力は、コードの強奪。故に、コードを所持してからは使えない、一度きりの能力だ。君か、或いはV.V.のどちらかにしか使用出来ないのは分かっていたから、彼に使った」 「死ねないと、分かっているのか?」 「無論だ。さあ、次は君だ」 「何?」 一歩、星刻が前に出た。そして、ゆっくりと右手をC.C.へ出した。 「君の願いを叶えよう。コードを継承させ、死ぬこと。契約者でなければコードを継承できない、と言うわけではない。違うか?」 「………何が、目的だ?お前の望みは、何なんだ?」 C.C.の望みは、死だ。長く、永く、気の遠くなるような時間を生きすぎて、自分の生というものが、もう分からなくなってしまったC.C.の、望み。 「私の望みは、常に一つだ」 「一つ?」 「ルルーシュの、幸福だ。彼女の願いが、私の願いであり、望みだ。そう、思っていた」 「過去形なのか?」 「そうだな。今は、少し形が変わった」 苦笑するように、星刻が口元を綻ばせたその時、祭壇の向こう、壁のように思えていた扉が、ゆっくりと開き、白や橙の光を、祭壇へ投げかけ始めた。 「ようやく来たか」 重い扉が、ゆっくりと開いてゆく。その向こう側から姿を現わした人物が、状況を確認するように視線を投げ、横たわる小さな体の上で、止まった。 「………兄さん」 神聖ブリタニア帝国皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアへ、星刻は銃を向けた。 ![]() 2023/5/20初出 |