*暁天*


 小さな体と、大きな体が、共に血を流して倒れている。小さな体の方は、遠目に見ても既に、息絶えているようだった。しかし、大きな体は、微かに胸が上下しており、息があることは分かった。
 ラクシャータの開発した新しいKMFの体への負荷は、相当な物だった。到底、病み上がりと言っていい体に鞭を打ち、一人で乗れる物ではなかった。それでも、ここへは自らの足で来なくてはならない、と考えたルルーシュは、ジェレミアを伴って、血で汚れた祭壇のある場所へと、辿り着いた。
 一体これは、どういう状況だ?
 ジェレミアに支えられて降り立った場所には、驚いた様に目を見開くC.C.と、硝煙を上げている銃を下ろした星刻が立っていた。
「星刻?C.C.?これは、何が………」
 右手で握った銃へ、星刻は左手を添えて安全装置を嵌めた。これ以上、銃に頼る必要がなかったからだ。
「ルルーシュ。君の願いを、叶えよう」
「何、だと?」
「君の願った、優しい世界を、君に」
「星刻?お前、その目は………」
 星刻の左目に、C.C.と同じコードが刻まれている。何故お前が、とルルーシュが問うよりも先に、C.C.が一歩、星刻へと近づいた。
「本気なんだな?」
「冗談でこんな事を言う様に見えるのか?」
「いいや………お前なら、或いは、と」
「ジェレミア卿」
 星刻が、その時初めてルルーシュの側に立つジェレミアへ視線を向けた。新規開発されたKMFにルルーシュを一人で乗せられず、ここまで付き添って来たのだろう事は容易に知れたからだ。彼の忠誠は、それ程のものと言うこと………それは、何より信用出来た。
「君も、ルルーシュを、こちら側に来させたくはないだろう?」
「それは、どういう意味だろうか?」
 怪訝そうに、ジェレミアの仮面で隠れていない右側の表情が歪められた。
「ルルーシュに、人としての生を捨てさせたくはないだろう、と言う事だ」
「無論だ」
「ならば、ルルーシュをこちら側には来させないでくれ」
 まるで、今にも泣きそうな表情で、星刻が笑う。それを、ジェレミアは覚悟の表情だと受け取った。
 その時、壁だと思われていた場所が動き出し、その向こう側から白と橙色の混じったような光が注ぎ込んだ。眩さに、ルルーシュが双眸を細め、その中から浮かび上がる細い体を見咎めて、拳を握りしめた。
「シュ、ナイゼルっ!」
 何故、どうして、この男がここに、と、横に立つジェレミアを見上げるが、ジェレミアも驚いた様に右目を見開き、C.C.も驚いている。驚いていないのは、銃を握ったままの星刻だけだった。
「本当に、父上を手にかけるとは」
「まだ、生きている。最後のとどめはそちらでお願いしたい。私は、神聖ブリタニア帝国の玉座に興味はないので」
「ふむ………契約は成立だ。ルルーシュ」
「何ですか?」
 突然話の矛先が自分に向き、ルルーシュは驚いた。星刻とシュナイゼルの話の内容が、全く飲み込めていなかったからだ。
「意識を取り戻したようで何よりだ。君と兄妹として話をしたいのは山々だが、それは、そこの彼が許してくれそうにないので」
 言いながら、シュナイゼルが一瞬、星刻へ眼を向けた。その視線はすぐにルルーシュへ向けられ、少しばかり、優しさを持って細められた。
「いつでも遊びにおいで、とは到底言えないが、いつか、話をしよう。その間に、私はブリタニアを何とかしておくよ」
「何とか、とは?」
「彼との契約でね。彼が、父上を瀕死の状態で渡す見返りに、ブリタニアの玉座に座る人物をすげ替える、と言う」
「何だと!?おい、星刻!どういう事だ!」
「シュナイゼル・エル・ブリタニアは玉座に興味がない。違うか?」
「まあ、あまりないね」
「そこで、話を持ちかけた。いかに強大なブリタニアといえど、再現のない戦線の拡大路線はいつしか破綻を迎える。振り上げた拳を下ろすタイミングを見間違えば、兵士の命は減っていく。今のブリタニアは、順調に進軍を続けているように見えて、その実、進軍の継続と拡大には無理が出てきている」
「その上、皇帝陛下は、ギアスと言う不思議な力に夢中で、国内の事情には全く頓着がない。内政は我々に任せきりで、表舞台へと姿を現わす機会がめっきり減っていた」
「ならば、玉座に座る人物を、オデュッセウス・ウ・ブリタニアに変え、戦争を止める」
「なっ………そんな事っ!」
「出来ない、と思うかい?ルルーシュだって兄上の性格はご存じだろう?元々、争い事は好きな方じゃない。父上が亡くなり、己が玉座に座れば、内政を滞りなく進めて下さる」
「その、皇帝の死を、偽装する、と?」
「生憎と、私はそういう事に躊躇いや嫌悪感がなくてね」
「知っている。何処までも冷徹な判断を下せるのが、貴方だ」
「君だって、そうだろう?“ゼロ”」
「ええ」
 ゼロの衣装を纏ったルルーシュを見て、驚いていないシュナイゼルの表情………いや、それ以前に、ナナリーと共にシュナイゼルの元で“保護”されていたと聞けば、知られているのは容易に想像できた。
「近々、君達“黒の騎士団”に停戦協定を持ちかけるつもりだ」
「停戦協定、だと?休戦ではなく?」
「そうだね。その後は、無論終戦協定に進ませて貰う。実は、ブリタニアの内情を少し話すと、戦費の拡大で、見えない部分での借金が増えていてね」
「それは容易に知れます。あれ程のKMFの開発と増強に、どれだけ資金が必要か」
 “黒の騎士団”の運営で、資金がどれ程重要かを、ルルーシュは痛い程承知していた。
「父上は、広げすぎた。その上、足下を見なくなってしまった。そろそろ、潮時という事なのだろうね。夢は、永遠になど続かない」
 シュナイゼルの後から、黒いローブを纏った者が二人、シャルル・ジ・ブリタニアの体に近づき、持ってきたストレッチャーの上へと、何とかシャルルの巨躯を乗せると、光の中へと消えていく。
「私は、戦争が起きない世界であるならば、その方がいいと思っている。それは、ルルーシュだって同じだろう?」
「戦争の起きる世界にしたのが、あなた方ブリタニアだろうに!」
「そうだね。だからこそ、幕引きは我々の手でしなくては」
「っ………こんな、形でっ!」
「君達の勝利で終わらせる訳にもいかない。かといって、属国だらけにしてしまっても、世界はおかしくなってしまう。国というのはきっと、巨大化すべきではないのだろうね」
 それは、紛う事なきシュナイゼルの、本心だった。戦争が起きない平和な世界が、何よりも大切だ。そうでなくては、人類は滅びの一途を辿ることになってしまう。そして、このまま“黒の騎士団”とぶつかり続ける事になれば、戦いは苛烈さを増していくだろう事は、明白だ。
 シュナイゼルの視界に、見たことのない黒いKMFが入ってきた。ルルーシュの後にあるということは、彼女の機体なのだろう。性能競争は、戦争を激化させる第一歩だ。
 人間は強欲だ。一つ、また一つと課題をクリアし、進歩し、振り返った先に屍の道が続いていたとしても、進む事を止められない。
 これ以上、兄弟姉妹が命を落とすことを、シュナイゼルは喜ぶ事が出来なかった。その程度の倫理観は、持ち合わせていた。
「ルルーシュ、いつか、皆でお茶をしよう」
 それだけ言うと、シュナイゼルはゆっくりとルルーシュに背中を見せ、光の中へと姿を消していった。
 壁だと思われていた扉が、閉まる。光が消え、その場には静寂が戻ってきた。
 その静寂を破ったのは、KMFに乗るために結んでいた髪を解き、一歩ルルーシュに近づいた、星刻だった。















2023/12/5初出