*心鏡*


 ゆっくりとルルーシュに近づいた星刻は、その右手を掴むと、その手に特殊な形状の鍵を握らせた。
「神虎の鍵だ。出来ることなら、乗ることの出来る者が現れない事を祈っている」
「お、前は、一体、何をしているんだ?シュナイゼルと繋がって、ブリタニアを動かして、挙げ句の果てに自分のKMFの鍵を他人に渡して………」
「君ならば、世界をよりよくしていけると、信じているんだ」
「俺の計画の中には!お前も含まれているんだぞ!」
「何となく、そうだろうとは思っていた」
 腰に着けていた、替えの弾丸の入ったポーチを外し、拳銃と共にジェレミアへと差し出し、星刻は苦笑した。
「彼女が無茶をするようなら、止めてくれ」
「貴公は、何をするつもりだ?」
 差し出された銃と弾を受け取るべく、ジェレミアは一歩前に出た。
「私は病で、余命が、もう一年もないんだ」
「………何、だと?」
 鍵に視線を落としていたルルーシュが、弾かれたように顔を上げる。
「敏い君に隠すのは苦労した。段々と薬が効かなくなって、血を吐く事も増えた。恐らくだが、半年と保たないだろう」
「だから、ブリタニアとの戦争を止めることに、命をかける、と?」
「それは、付属品だな」
 何も持っていない手を広げて、星刻は、目の前のルルーシュの細い体を抱きしめた。
「私の願いは、君の命だ」
「は?」
「私にとって、何よりも許せなかったのは、君を奪われたことだった。一度目は、日本が侵略された時。二度目は、ゼロとして生き始めた君が死んだと聞かされた時」
 ニュースを見て、愕然とした。一度目は、悲しみに暮れるだけで済んだ。だが、二度目は駄目だった。心が荒み、屋敷に何日も籠もりきり、漁れるだけ情報を漁り“ゼロ”の生きている可能性を探した。部下の言葉も耳に入らず、公務も蔑ろにし、復帰した際には、それは酷く叱責されたものだ。
 だが、C.C.が現れて、ルルーシュの話を聞かされ、星刻の中で希望が生まれた。それと共に、欲望も。
 ―二度と、世界にルルーシュを奪われてなるものか、と。
 ルルーシュを取り戻すためならば、ルルーシュの命をあるがままに出来るのならば、神であろうと敵に回す。必要とあらば、魔女の命も、魔王の存在も、何もかもを奪い取ってくれる、と。
 その為に必要とされる物の中に自分の命が含まれているというのならば、幾らでもくれてやる、と。
「私は、君にコードを引き継がせたくなかったんだ」
「コード、だと?」
「C.C.から引き継ぐコードは、君を不老不死にする。君は、世界の理から外れた存在になり、ナナリーとも、親しい友人とも、言葉を交わすことは出来なくなっていく。私にとっては、それもまた、君が世界に奪われるという事と、同義なんだ」
 ルルーシュが、妹と、友と、当たり前に学校に通い、勉学に励み、一つ一つ年を重ねていく事。それこそが、星刻の望みだった。戦争のない平和な世界で、土地で、天寿を全うすること。
 この先、自分には決して訪れないであろう未来を、ルルーシュには失って欲しくなかった。だから………
「二度、君を失ったんだ。三度目は、ない」
 星刻の強い願いが、欲望が、V.Vから与えられたギアスを“コードの強奪”と言う形にしたのだろう。
 ルルーシュの未来のために。
「私が、二人分のコードを引き継ぐ」
「何、をする、つもりだ?」
 抱きしめていた手を緩め、ルルーシュを解放すると、星刻は視線をC.C.へ向けた。
「C.C.の願いは、コードの放棄だ。それはイコール、彼女を人間にすると言うことでもある。人に戻れば、彼女は死ぬことが出来る」
「私はな、長く生きすぎたんだ。だから、お前のギアスが完全に暴走したら、コードをお前に引き継いで貰おうと思っていたんだよ」
 それは、ルルーシュに不老不死の力を引き継がせると言うことだ。ギアスを調べていく内にそのことに辿り着いた星刻には、到底許せないことだった。
「ルルーシュ。これは、私の我が儘だ」
 死に逝く男の、初恋故の、我が儘。
「君は、生きてくれ。私の分まで、等という重苦しいことは言わない。むしろ、私の事など忘れてくれて構わない。君は、君の生を、十二分に生きたと思えるまで、生きてくれ」
 あの、半日にも満たない、刹那的な出会いが、星刻の運命を決めたのだ。
 花に囲まれた小さな彼女も、戦場で戦闘指揮を執っていたであろう彼女も、妹と食卓を囲んでいた彼女も、全てが、星刻の守りたいルルーシュなのだ。
 ルルーシュの頭を撫で、頬を撫で、星刻は手を離した。
「愛している、ルルーシュ」
「………はっ………愛、だと?俺とお前は」
「所詮他人だ、と?」
「………そうだっ!お前と会った回数など、たかが知れている!恋だの愛だのを語る程、お前が俺の何を………」
 星刻の指が、ルルーシュの唇に触れて、言葉を止めた。パイロットスーツの、グローブ越しの、指だった。
「知らなくていいんだ。知らなくても、私が君を愛していて、君が私の初恋だという事は、変わらないのだから」
「っ………」
「行こう、C.C.」
「いいのか?」
「これ以上は、彼女の体に負担だ。まだ、体調が完全に戻ったわけではないだろうから」
「………ルルーシュ、健康にだけは気をつけろよ。お前は、睡眠を疎かにしがちだ」
「うるさいぞ、魔女」
「それだけ返す元気があれば、上々だ」
 C.C.が祭壇の階段を上がり、シュナイゼルの消えた壁の前に立つ。その壁に手をかざすと、壁の中央が光り始めた。
「ジェレミア卿、神虎は、後々にでも回収に来てくれ。一応、中華連邦の持物なので」
「承知した」
 C.C.の後を追って、星刻も階段を上り、壁の前に立った。
「ルルーシュ」
「………何だ?」
「きっと、世界は少し、よくなるはずだ。いや………君なら、よくしていけるはずだ。君の願った優しい世界を、君に」
 壁が開いていき、C.C.の姿が光で隠れる。それを追うように星刻の姿も光に包まれ、十数秒と立たない内に、再び壁は閉ざされ、光は消え、そこには、誰も立っていなかった。
 静寂が、数秒、場を支配した。それを破ったのは、ルルーシュがその場に崩れ落ちた音だった。
「ルルーシュ様!」
 慌てたジェレミアが駆け寄り、手を差し出したが、それは、力強く弾かれた。
「……………な」
「は?」
「ふざけるなよ!俺が!人から与えられた世界を是とするとでも思ったか!あいつの命で贖った世界を、易々と受け入れると思ったのか!あの馬鹿は!」
 優しい世界を願ったのは、ナナリーだ。ルルーシュではない。それでも、その世界がルルーシュに必要だと、星刻は判断したのだ。
 拳で、冷たい石の床を、何度も、何度も叩きつける。涙は零れない。それよりも、何故か、怒りの方が強かった。
「ルルーシュ様………」
「戻るぞ、ジェレミア!」
「はっ!」
「あいつの策に乗るのは腹立たしいことこの上ないが、このままシュナイゼルに先手ばかりとられるのも気に食わん!絶対に、あの男の思い描いていた以上の世界にしてやる!」
 ジェレミアの手を借りて立ち上がったルルーシュは、乗ってきたKMFに再び搭乗すると、蓬莱島へと進路を向け、飛び立った。















2024/1/21初出