*雲間*


 神聖ブリタニア帝国皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアの死が世界に喧伝され、少しずつではあるが、世界は変わっていった。
 広がり続けていた戦線は停止し、縮小し、テロ行為も減少していった。何より、ブリタニア自身が真っ先に矛を収めたことが、各国に切っ先を下げさせた理由になった。
 一歩ずつ、一歩ずつではあるが、世界は和平の道へと歩み始めた。それは、ブリタニアとの戦争において、最前線で戦っていた“黒の騎士団”も同様であった。
 最初こそ不満が多少なりとも噴出したが、それも、“ゼロ”のカリスマ性と幹部達の指導力で、蓬莱島へ国外追放された日本人を故郷へ戻し、また、 日本を取り戻すと言う当初の目的へと、向かっていった。


 その国は、一年程前まで戦場だった。神聖ブリタニア帝国が侵攻してきた事に端を発した戦争ではあったが、ブリタニア軍自体は五年程前に撤退し、終戦交渉が成されていた。しかし、その後の政権争いが激化し、軍を中心に据えた政権と、それを良しとしない勢力とが、互いに軍事力を使って激突した。国内の各地が戦場となり、数年戦い続けて、結局両勢力の指導者が相次いで死亡したことにより、沈静化した。軍部は縮小を余儀なくされてはいるが、未だそれは途上だ。
 だが、この国はブリタニアとの戦争以前、とても発達した医療の国であった。優秀な医者や科学者が多く、その人材こそが輸出品目とさえ言われた国だった。その為、戦後もまた、人材育成に力を入れようとしていた。
 戦争に参加せず、各地に散り散りに隠れていた医者や科学者は、少しずつ医療機関や研究所へと戻るようになり、ようやく、復興への道を歩き始めようとしていた。
 そんな、立ち直ろうとしている国特有の力強さとでも言おうか、前を見ていこうとする意志が充満している空気なのか、雑然とした町中の市場は、活気があった。
 ブリタニアと終戦交渉が成されたとは言っても、未だ正常な国交が開かれたわけでもない国への入国は、大変なものがある。日本のように島国でなかったのが幸い、徒歩で入国は出来るが、ブリタニア人であると言うだけで、国境では随分と疑われ、時間がかかってしまった。
 しかも、決して広い国ではないが、戦争と内戦の影響で公共交通機関はほぼ全滅しており、整備されていない道路を進む車は、まるでアトラクションかと言う程、道路上でよく跳ねる。
 そんな道を何時間も車の中で揺られていれば、流石に気分は悪くなる。休憩と給油がてら停まったガソリンスタンドで、持っていた水を半分程飲んで、込み上がってくる吐き気を押し戻し、口元を拭った。
「この俺にこんな時間と手間を取らせて………絶対に一発殴るからな、あいつ」
 悪態をついて、もう一口だけ水を飲むと、後どのくらいかかるのかは分からないが、それでも乗らなければならない乗り合いバスへと、乗り込んだ。


 長かった若草色の髪を、ばっさりと肩程までに切ったC.C.が姿を現わしたのは、半年位前の事だった。
「日本のピザは相変わらず美味しいな」
 言葉の出せないルルーシュの目の前で、何処で購入してきたのか分からないピザの箱を膝の上に乗せ、ピザを口に頬張りながら、ルルーシュの使用している机に座っていた。座るなら椅子に座れ!と怒鳴りたかったが、出てきたのは何という事のない言葉だった。
「お前、生きてたのか?」
「随分な言い草だな。コードを失って即死、なんて事ある訳ないだろう?致命傷でも負っていれば話は別だが」
「今まで、何をしていた?」
「世界ピザ巡りの旅」
「は?」
「世界中のありとあらゆるピザを食べ尽くそうという、壮大な私の計画だ。だが、結局日本のピザが一番美味しいと言う結論に至った」
 話をしている合間にも、ピザはどんどん消費されていく。噛まずに飲んでいるのでは?と思えるスピードだ。
「何をしに来た?」
「ギアスなしで、お前がどう“黒の騎士団”を運営しているのかと思ってな」
「どうもこうもない。今までと何も変わらないさ“ゼロ”は」
 机に座ったC.C.の横へ、“ゼロ”の仮面を置く。そこで、はたと気づいた。
「どうしてギアスを失った事を知っている?」
「ふん。私は魔女だったんだぞ?その程度のことは知っているさ」
 C.C.の手が伸びて、ルルーシュの左頬へ添えられる。指先が、左目の縁に触れた。
「元に戻ったじゃないか」
 毒に染まったかのような禍々しい赤ではなく、宝石のような紫色の瞳だった。
「ある日、突然ギアスが消えた。俺だけじゃない。ジェレミアのキャンセラーもだ。一体、何をしたんだ?」
 C.C.の手を掴んでおろし、軽く睨みつければ、肩を竦めたC.C.が、空になったピザの箱の蓋を閉じた。
「簡単に言えば、神を殺したのさ」
「神を殺した?」
 机から降りたC.C.が、ゴミ箱へピザの空箱を捨て、振り返った。
「Cの世界が在り続け、神が居続ければ、ギアスそのものはコード所持者から、願う者へと授けられていく。そうなれば、ギアス保持者は増え続けるだろうし、争いも決してなくならない。ならば」
「神を殺し、Cの世界を崩壊させる、と?」
「ああ。だが、教団やそれに関連する多くの人々の長年の研究で、神を殺すことが簡単でないことは分かっていた」
 その、簡単ではない“神殺し”を行う為に必要なのが、二つのコード。コードを二つ揃え、神と同じ場所に立ち、神を殺す。コードとは、人を、人ではない者へと変化させるアイテムのようなものだ。
「お前がそれをやったわけじゃないだろう?」
「ああ。私はただ、コードを渡しただけだ」
 自分が、解放される為に。今度こそ“人”としての生を、生きるために。その為にC.C.は、犠牲を求めた。
「コードを二つ所持した人間が、かつていたのかどうか私は知らないし、人の身で神と同じ座にあるということが、何をもたらすのかは不明だ。ただ」
「ただ?」
「ただ、あの男はそれをやってのけた。だからこそお前達のギアスは完全に消滅したし、Cの世界へは二度と渡ることが出来なくなった。神がいた場所が消えると言う事は、神も死んだという事だろう」
 “神”と言う言葉は、所詮概念だ。それが本当の所で何を意味しているのかは分からないし、その存在が真実何であるのかなど、これまでもこれからも、分からないのだろう。けれど、C.C.の今までの経験則や勘から、ギアスも、Cの世界も、コードも、全てが消滅したことは、分かる。
「世界各地の遺跡は全て停止し、ただの遺跡になった。お前もそれは、気づいただろう?」
「ああ。何ヶ所か行ってみたが、どこも、何の反応もしなかった」
「だから、お前の所に来たのさ」
 C.C.は、持ってきた鞄の中から一枚の紙を取りだした。それは、何の変哲もない世界地図だ。その中の一カ所を、指差す。
「私が目を覚ましたのは、ここだ」
 Cの世界にいたはずのC.C.は、気がついたら見知らぬ土地に倒れていた。荒涼とした砂漠の夜の寒さに身震いし、辟易した。
「保証はない。それでも、可能性が少しでもあるのなら、お前は諦めたりしないだろうと思ったからな」
「人間らしい心が戻って来たか?元魔女」
「ふん。私は元々人間らしいぞ?元魔王」
 広げた地図を丸めて鞄に仕舞ったC.C.へ、ルルーシュは声をかけた。
「一度、ナナリーの所へ顔を出してやってくれ。ずっと、心配している」
「お前と違って心が優しいからな、あの子は」
 それが、ルルーシュがC.C.を見た最後だった。















2024/2/24初出