*花時*


 C.C.から話を聞いた後、ルルーシュは片っ端から情報を集めた。“黒の騎士団”の目の届く範囲であれば、すぐに情報が入るはずだ。が、それがないと言うことは、合衆国構想に参加しておらず、軍事的協定にも参加していない国。内戦で、国外の事に目を向けている余裕のなかったこの国は、その筆頭だった。何故なら、軍部が情報網を握っている間、国内の事情が外へ漏れてくる事がなかったからだ。テレビ、写真、ラジオ、インターネット等々、諸々の情報が希薄だった。そんな中、ちらほらと外へ漏れ出てくるようになった情報の中、一つの映像を見つけた。それは、内戦後初の選挙で国家元首を決めるべく、町の投票所に人々が列をなし、投票していく報道映像だった。安定化を目指す国の、第一歩。その、背景、歩いている人々の中に、一瞬映り込んだ姿を見つけた。市場が近いらしく、買い物客が大勢映り込んでいたのだ。
 自分でも、よく見つけたと思う。一次停止しなければ見つけられないほどの小ささで、髪型だって違っていた。それでも、直感で、そうだと思ったのだ。普段であれば、直感など信じない。ルルーシュは、直感よりも情報を信用する。けれど、その時は何故か、確証が持てたのだ。
 ルルーシュは“ゼロ”を引退した。勿論、周囲からは反発が凄かった。騎士団の幹部からだけではない。驚いたのは、シュナイゼルから直接連絡が来たことだ。“ゼロ”と言う存在は、それ程世界に必要とされていた。それでも、ルルーシュの意志は固かったし、譲る気はなかった。何故そんなにも頑なだったのか、今となってはまあ、多少譲ってもよかったか?などと思っているが、後悔はない。
 ルルーシュが足を運んだその施設は、医療機関でもあり、療養施設でもあった。内戦が長く続いた影響で、患者の半数以上が元軍人で、日常生活への復帰を目指して、日々を過ごす者も多い。
「彼は、ここへ運び込まれて来た時、記憶を全て失っていました。自身の名前も、どこから来たのかすら分からず、日常生活を送るのもままならなかったのです」
 看護師は、ルルーシュを案内しながら、事情を説明してくれた。
「最初の一年で、日常生活が送れるようにはなりました。けれど、脳の、記憶を司る部分に損傷があり、過去の事は二度と、思い出せないという医師の診断でした」
「そうですか」
「記憶もなく、出身地も分からない方には、我々の施設で、仮の名前をつけさせて頂いています」
「彼の名前は、今何と?」
「肌の色、瞳の色、髪の色などから、日本や中華辺りの方だろうと考えて、幾つか名前の候補を出したのですが、悉く本人から却下されてしまって………唯一彼が頷いたのが、“李”と言う名字でした」
「李………そうか」
「元の名前に近いんでしょうか?」
「発音は少し、近いかと。私も中華の言葉にはあまり明るくないので」
「そうですか。下の名前はどれもしっくりこないそうで、彼の名前は今、それだけです」
 看護師は、病棟を抜けて庭へと出た。いいや、そこは庭と呼ぶにはあまりにも広い、広大な敷地だった。
「ここは、庭というか、畑というか、まあ、そう言う場所でして。リハビリや社会復帰の為に、多くの方が利用しています」
 病棟そのものよりも広い敷地には、沢山の木が植えられ、その向こう側には田畑のような物も見える。
「この先に、バラ園があります」
「バラ園?」
「ええ。彼も社会復帰の為に、こちらで提供できるプログラムの中から、花の栽培を選んでいるんです」
 バラ園で育てたバラは、施設の収入源の一つだ。ここで育てた様々な果実や植物は、全て販売されている。バラは、数は多くないがオイルや香料として加工しているのだ。
 木々の合間を抜け、細い道路を一本挟んだ先に、突如としてそれまでとは違う景色が広がった。色取り取りの花が咲く、植物園の様相だった。
「彼は今、少しずつ視力が低下しています。半年から一年で、恐らく失明するのではないか、と医師が。それで、花の色や形など、少しでも見て覚えられる内に見ておきたいと」
 原因の分からない視力の低下は、止める術がない。ならば、本人も望んでいる事だし、花の香りや形など、自然を肌で感じる方がいいと、外での活動が許可されていた。
「記憶と視力以外に、病気は?」
「病気ですか?いえ、それはありませんね」
『私は病で、余命が、もう一年もないんだ』
 あの言葉が、嘘だったとは思えない。ならば、コードを引き継いだ事で、一時的にでも病の進行が止まったか、或いは不老不死を一度でも手に入れた事で、奇跡が起きたか。
「私はこちらで待っています。どうぞ、話をしてきて下さい」
「ああ」
 バラ園、と言うだけあり、何種類ものバラが植えられている。その木々の合間を抜けた先に、男が立っていた。
 長かった黒髪は短くなり、体つきも全体的に細くなっている。鋏を持つ手は器用に動いて、咲いたバラを剪定している。
―どう声をかけたらいいんだ?久しぶり?元気だったか?それとも、馬鹿野郎と罵るべきか?殴ってやろうと思っていたのに………
 言葉を出せずにルルーシュが立ち止まっていると、男の方が、立ち尽くしたルルーシュに気がつき、鋏を足下にある籠へ入れた。
「………君は?」
―ああ全く。腹立たしい。声だけは、あの頃と全く変わらない。不安なのは、記憶のないお前だろうに………
「髪を、切ったんだな。家訓で伸ばしているのだと言っていたが、もういいのか?」
 大きく見開かれた双眸が、どこか不安そうに揺れる。そこに、以前持っていた力強さや覇気は、なかった。
「君は、誰だ?私を、知っているのか?」
「知っていると言えば知っているし、知らないと言えば、知らないな。俺が知っているお前など、きっと、一側面にしか過ぎなかったのだろうから」
―知っている事と言えば、KMFを操る高い技術だとか、天子への忠誠心、後は、諦めが悪い所位なものだ。
「バラが、好きなのか?」
「………何故か、気分が落ち着く。医者からは、覚えてない記憶のどこかに、強く残る何かがあったのかもしれないから、その感覚を忘れないようにと言われている」
 ルルーシュは、手近にあったバラの木から白い花を選び、手折った。
「屈め。片膝をつく感じで」
 不思議そうに、けれど大人しく片膝をついて見上げてくる男の、左耳の上辺りに、白いバラを挿してやる。
 あの時の、再現のように。
「昔、お前にこうして花を挿してやった事があるんだ」
 怪訝そうな視線が、足下の籠に向き、その中から一輪のバラを摘まむと、男は立ち上がり、ルルーシュの髪にそれを挿した。
「思い出せなくて、申し訳ない」
 そう言いながらも、選んだのは紫色のバラで、あの時の花冠の色と、よく似ていた。
―本当に、腹立たしい。俺は、あの花冠を捨ててしまったのに。記憶を失っていても、お前は変わらない。ならば………
 ルルーシュは、男へと手を差し出した。
「俺と一緒に来るか?」
「君の………名前は?君は、私の何だ?」
「俺は、ルルーシュだ。友、と呼ぶ程近くもないが、何だろうな、俺とお前の関係は」
 名前をつける前に、関係は絶たれた。だから、もう一度、ここから始めるために来た。
 戸惑うように、男の手は浮いたままだ。子供のようだな、と思いながら、ルルーシュは安心させるために、眼を見て微笑んだ。
「初めての恋と言うものを、お前に返さないとな」
「初めての、恋?」
「ああ。お前も、俺にとっての初恋だよ、黎星刻」
 男が、小さく自分自身の名前を口にして、差し出されたルルーシュの手を、握った。









長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
これにて、このお話は完結となります。
一話目の更新が2018年でしたので、足掛け6年かかりました。
長く書いていたので、色々語りたいこともあるのですが。
確実に長くなるので、それは日記の方に書かせていただきます。
初恋をテーマに最後まで書けて満足です。
因みに、記憶を失った星刻にとってもルルーシュが初恋になるので。
何の問題もありません。二人で世界一周とかすればいい。





2024/3/30初出