*華燭*


 合衆国中華へと戻って、早一月。働きたいという私の要望は、案外すんなりと受け入れられた。見つけたのは、どこにでもあるような、珈琲等を供する喫茶店だ。世間一般の学生が経験するようなアルバイトから始めるのがいいだろう、と言うルルーシュの提案で見つけたものだった。
 覚える事は多岐に渡ったが、それでも、一度覚えてしまえば案外こなすことが出来た。それに、覚える事が増え、出来ることが増えるのは単純に嬉しかった。
 そして、働いて分かったことがある。
 世界には、様々な人がいるという事だ。砂糖を入れた珈琲を好む人がいれば、何も入れずに飲むのが好きな人もいる。珈琲そのものが苦手な人は紅茶などを頼む。甘い物を共に頼む人がいれば、軽食を共に頼む人もいる。訪れる老若男女が、店に何を求めているのかも違う。ゆっくりと寛げる空間を求めて来る人もいれば、手早く食事を済ます為に来る人もいるのだ。
 どうして、一年間世界を旅して、その事に気づかなかったのだろう?景色を眺め、街の雑踏を歩き、多くの人々とすれ違って来たはずなのに。


「一週間?」
「そうだ。一週間、留守にする。お前、食事の支度なんかは問題ないか?」
「それは、自分で作れるが………どこへ?」
「以前所属していた組織から、一週間でいいから来てくれと言われた。俺がこの国にいることを嗅ぎつけたらしい。全く………」
 言いながら、ルルーシュは部屋から大きめのキャリーケースを引きずって来た。
「向こうに泊まり込む事になる。何かあれば連絡してきていいし、最悪、来てもいい」
 そう言ってルルーシュが差し出してきたのは、船のチケットだった。
「蓬莱島と言う場所だ。上陸すると、入り口に警備員が立っているから、藤堂か扇という男を呼び出せ」
「藤堂?扇?日本人か?」
「そうだ。その二人には話が通じるように説明してある。一週間、大丈夫か?」
「大丈夫だ」


 大丈夫じゃなかった。二日目にして、眠ることが出来なくなってしまった。
 サイドテーブルに、渡された船のチケットが載っている。三日目でもうそれを使うというのは、どうなのだろう?いや、そもそも………………どうして眠れないのだろう?
 この一年、どこへ行くにもルルーシュと一緒だった。食事をする時も、移動する時も、宿泊施設が二部屋確保出来ない場合、同じ部屋で寝起きしたことすらある。
 彼女がいなかった時間、と言うのがなかったのだ。それ程、私は彼女とずっと一緒にいたし、それが当たり前だと思っていた。
「………寂しい」
 ぽつりと出た言葉で、ああ、そうか、と気づいた。
 私は、彼女が側にいないのは寂しいのだ。この国へ来る前、彼女の口から『独り立ち』と言う言葉が出てきた時、どうして一緒にいてはいけないのだろうかと思った。一緒にいて当然だし、それ以外の状況を考えたことがなかった。世界を旅して、世界に沢山の人がいることに気がつかなかったのは、きっと、それが理由だ。
 彼女しか、見えていなかった。
 ずっと彼女と一緒にいることの出来る方法は、ないのだろうか?


 蓬莱島と言う場所がどんな場所なのか、何も聞かずに赴いたが、島内に入るには、身分を証明しなければならないらしい。
 入り口と思しき場所に、数名の警備員が立ち、銃まで携えている。
「藤堂という人か、扇という人を呼んで欲しいのだが?」
 警備員に伝えると、男が慌てたように中へ通じるらしい電話で何事かを伝えている。電話を切った男から、少し待てと言われて五分程待っていると、車が一台近づいてきた。
 降りてきたのは、軍服の様な物に身を包んだ男だった。
「君か。ルルーシュ君から聞いている。入りたまえ」
 車に乗るように言われ、そこから少し走った場所に、大きな艦が止まっていた。車はそのまま、その艦に飲みこまれるように入っていく。中は少し薄暗く、倉庫の様に見えた。
「随分と、雰囲気が変わった」
「え?」
「記憶がないとは聞いていたが、まるで別人だな」
「以前の私を、知っているのか?」
「親しかったわけではないが、まるで、剣のような男だと思っていた」
 この男は、私を知っている。ならば、自分はここにも来たことがあるのだろうか?
 車が停まり、藤堂という男から降りるように促されて車から降りて眺めると、倉庫の様なその場所には、見たこともない機械が沢山並んでいた。歩いて行く藤堂の後についていくと、周囲からじろじろと見られた。何なのだろう?
「ラクシャータ!」
「えぇ?あー!あんた!いい所に来た!」
 白衣を着た髪の長い女が返事をし、藤堂を無視して私に近づいてきた。
「ちょっと、神虎に乗ってよ!あんたなら動かせる!」
「神虎?」
「ラクシャータ、彼は記憶がない。到底KMFは動かせないぞ」
「はぁ?そんなの今初めて聞いたわよ?!ちょっと!ゼロ!」
「そっちで呼ぶな!今はルルーシュだ!」
「どっちでもいいわよ!ちょいとこいつを神虎に乗せたいんだけど!」
「あの機体は封印だと言ったのはお前だろうが!蜃気楼共々解体準備だと言うから俺が来たんだろ、う、が………おわぁあああ!?」
 ラクシャータと呼ばれた女性の後方から、ルルーシュが歩いてきたのが見えた。もう、その姿を見ただけで、寂しかった気持ちがどこかへいってしまった。
 だから、駆け寄って彼女を抱きしめた。
「あらら。お熱いねぇ」
「そういうのは余所でやってくれないか?」
「おい!お前どうした!?今日仕事は?」
「仕事は休みを貰った」
 身長はあるのに、彼女は細い。だからなのか、すっぽりと腕の中に収まってしまう。
 可愛い。
「おい!星刻!離せ!」
「あ、すまない」
 丸二日以上振りに会って、当たり前が戻って来たようで、嬉しくなってしまった。
「ルルーシュ。私はこの二日、色々考えた」
「ああ。うん。で?」
「それで、君が側にいないと、私は寂しいんだという事に気がついた」
「まあ、そういう事もあるだろうな」
 でも二日は短いだろ、とルルーシュが言っているが、私が言いたいのはそういう事ではない。
「私は、君がいないと寂しいし、出来ることならこれから先も、君とずっと一緒にいたいと思っている」
「ん?まあ、お前が独り立ち出来るまでは一緒にいるぞ?最後まで面倒は見る」
「そうではなくて、私は君と結婚したい」
「………………………………………はい?」
「この先ずっと一緒にいることの出来る方法を調べた。どんな国においても、結婚という方法が最適だと思う。今はまだ働き始めたばかりで給金が少ないが、いつか君に指輪を贈りたい」
「ちょ、いや、え?待て待て待て待て!?どうしてそういう結論になる?」
「駄目だろうか?」
「え〜………いや、うん、まあ、ちょっと、考えさせてくれ」
「勿論だ。強引に進める気はない」
 結婚には両者の同意が必要だと言うのだから、彼女の意思を無視することは出来ない。
 けれど、もしも受け入れて貰えたら、私はとても幸せだと思う。









ずっと一緒にいる方法、とかを多分星刻は検索してます。
その結果がこれですね。情緒の足りない一直線の結果です。
ちょっとルルーシュはひいてます。こいつ何言ってんだ?的な。
でも、本編においても入室してすぐ抱きしめたり。
事前に連絡は入れても突然来たり(挙げ句プレゼントまで)してるので。
そんなに根本的な部分は変わってないんですよね。
ルルーシュに対する一直線が常に剛速球です。
何たってルルーシュを取り戻すためにKMFで建物壊した男ですから。





2024/10/19初出