*暗雲*


 ルルーシュから連絡があった翌日、再び星刻の携帯電話が鳴った。それもまた、ルルーシュからだった。
 そうだ。あの時かけて来たのは、何か用事があったからではないのか?たまたま、人に呼ばれたから中断されてしまっただけで、何かがなければ、彼女から連絡が来ることなど稀なのだから。
「もしもし?」
『悪いな、今は大丈夫か?』
「ああ。問題ない」
『その話し方の方がいいな。畏まられると困る』
「昨日の電話、何か、用があったのでは?」
『ああ。生徒会の仕事で呼ばれて話が出来なかったんだが………』
「どうした?」
 星刻の問いかけに、迷っているかのようなルルーシュが、一つ溜息をついて、口を開いた。
『エリア11の状況は、知っているな?』
「ああ。ニュースで聞く限りではあるが、相当にパワーバランスが崩れて来ているように感じる」
『お前は、昨日も言ったな?何でも言ってくれ、何でもしよう、と』
「嘘でも冗談でもない。私は本気だ」
『もしも、だ。もしも、危険が迫るようなことがあれば、お前にナナリーを頼みたい』
「何故、私に?」
『頼みにしようと思っていた相手が、駄目になった。この上は、エリア11の外へ出るのが一番いいように思う』
「何故、ナナリー皇女殿下だけ?君はどうする?」
『俺は、どうとでもなる。だが、あの子は一人で歩くことも、見ることも出来ないんだ。誰かの助けなしで、生きていくのは難しい』
「君が側にいる」
『そうだ。しかし、四六時中一緒にはいられない。授業は高等部と中等部で棟が違う。俺は生徒会の仕事などで外へ出ることも多い。それに………』
「それに?」
『俺の力では、あの子を守ってやれない』
「君が、女性だから、か?」
『悔しいが、そうだ。その事実を知り、かつ事情を知る者は片手で数える程度だ。お前はその内の一人に入る』
「………分かった。その“もしも”が起こらないことを、何よりも願っておこう。だが、本当に何かが起きたら真っ先に頼ってくれ」
『すまないな。お前は、無関係なのに』
「無関係?何に対して?君達に対してか?それならば、関わろうとしたのは私の意志だ。私の勝手だ。君が何も気に病む必要はない」
『お前は、強いな………俺も、本当に』
「君が女性だから、君が今の君だから、私は手を貸したいと思うし、差し伸べたいと思っているんだ。頼むから、男に生まれたかったとか言うのは止めてくれ。私の初恋が台無しになってしまう」
 凜とした立ち姿、真直ぐな双眸、星刻を助けた言葉と姿勢、妹を気遣う優しい心根………数え上げればきりがないそれは、女性であるなしに関係なく、星刻の中に残る最初の、ルルーシュの姿なのだ。たとえ、多少美化されていたとしても。
 いや、むしろ初恋とは、時を経るごとに美化されていくものかもしれない。
『………ああ、お前はそう言っていたな………本気なのか、それ?』
「本気だ。是非、前向きに考えてくれるとありがたい。私の気持ちは、あの日から変わっていないのだから」
『今の俺に、それを受け取る権利はないな。それじゃあ、また』
「まっ」
 止める前に、通話は切れた。『権利はない』とは、どういう意味だ?たかが恋心などと言う気はないが、色恋沙汰に権利が発生するものか?
 切れてしまい、ブラックアウトした携帯電話の画面を、暫くの間星刻は眺めていた。


 場末の酒場、大分夜も更け、泥酔する者が増える時刻に、貸し切りにされた奥の部屋の一室で、星刻は酒盃ではなく、中国茶の茶器に注がれたお茶を飲んでいた。表で供されているのは酒だが、この部屋で酒は厳禁だ。
 星刻以外にも、男女が数人。皆私服で集まってはいるが、どうしてもその身体から零れ出るのは、軍人特有の気質や気配、歩き方などといったものになってしまう。
 今はまだ、具体的なプランの一つも出されていないが、じっくりと計画を立て、この国を腐った権力者の手から取り戻すためのクーデターを起こす、最初の一歩だった。
 現在接している神聖ブリタニア帝国との国境線における戦闘の状況、そこから導かれる今後の投入戦力と、疲弊し、失われていくだろう兵士の数を暫定的に算出するだけでも、この国がいかに危ういバランスの上に立っているかが分かる。
 唯一褒められるべきは、己の権力に固執するあまり、それを失うことを恐れ、外交努力を怠っていない、という点だろうか。そこを怠れば、大宦官の持つ権力など、あってないようなものだ。
 様々な意見が交わされるが、到底友好な打開策など見つからないし、今すぐに実行できる作戦が立てられるわけではない。
 決してそうと悟られないように、計画は立てなければならず、また実行しなければ。
 ふと、星刻は先日独自に分析してみた、エリア11における現在の状況“ゼロ”と“黒の騎士団”の動きを彼らに見せた。
「彼らと、手を組むことは可能だろうか?」
 星刻の言葉に、その場にいる全員が驚いたような顔をする。
「おいおい、幾ら何でもそれは無理なんじゃないか?」
「何故だ?」
「何故、って、そもそも向こうの誰ともこっちはパイプを持っちゃいない。どうやって、誰と連絡を取ろうって言うんだ?」
「それに、彼らはまず日本を取り戻すことが先決のはずです。我等の考えに賛同してくれる可能性はあるでしょうが、こちらにまで人員を回してくれるかどうか」
 古くからの友人でもある供古の後を引き継ぐように、直属の部下である周香凜が疑問を呈す。
 それらは、全て、星刻も考えた可能性だった。だが、それでも、今の自分達には全てが足りていない。情報、人員、武器、KMF、士気………上げていけばきりがないのだ。
「私の方で“ゼロ”や“黒の騎士団”の情報を精査してみる。彼らは顔を隠して活動している者も多いが、もしかすると、コンタクトが取れる人間がいるかもしれない。少しでも可能性を広げておいた方がいいとは思わないか?」
 星刻の言葉に、皆戸惑いながらも、自分達だけで何とかできるとは思っていなかった。“ゼロ”という類稀な知略の持ち主とコンタクトが取れるのならば、取りたい所だった。
 そして、その日の話し合いは、そのまま解散となった。


 そのニュースは、その手があったか、と、目から鱗が落ちるような話ではあった。
『行政特区日本』。第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアが発起人となり、発足する特区なのだという。そこでは、日本人はイレブンと呼ばれることはない。
 だが、この特区には欠陥がある。日本人は日本という国を取り戻したいのであって、文化というものを取り戻したいのであって、征服された状態で飼い殺されることを良しとしない、という点だ。
 ユーフェミアは“ゼロ”にも呼びかけた。“ゼロ”と“黒の騎士団”が参加するかは未知数だ。彼らの目的は、求める結果は、そこにないのだから。そして、例え彼らが参加したとしても、それ以外の日本人や武力による解放を求めるグループが、ブリタニアへの抵抗を止めるとは限らない。
 ブリタニアとエリア11内の摩擦が減る切欠になるとは、思えなかった。
 成功しないだろう、と考えられたその特区の式典は、最悪の結末を迎え、星刻の運命を大きく変えていくことになる。









このお話は劇場版が上映される前から。
考えていた話なので少し話がずれてる、かも。
テレビシリーズを基本としています。
付け加えられる部分は劇場版も参考にしていますが。
そんな感じでよろしくお願いします。






2019/12/21初出