*灰心*


 血に塗れた、白く細い指。そして、乱れた桃色の長い髪。その体へと、自分が引いた引鉄によって飛び出た弾丸が、吸い込まれていく。まるで、スローモーションのように。
 せめて、せめてと、自分の手で引いた引鉄だ。何の償いにも、贖いにもならないが、それでも、他の誰か、知らない他人の手にかかるくらいならば、いっそ、と。
 最悪の状況だ。それでも、その状況を利用してでも、成し遂げなければならない、掴み取りたい未来が、世界があるのだ。そのためならば、例え何を犠牲にしてでも、前に進まなければならない。
「C.C.」
「何だ?」
「最悪の場合………この決起が失敗し、各自撤退するような憂き目にあった時には、中華連邦を頼れ」
「ほう?例のルートを使うか?」
「違う」
 常に、思う通りに事が運ぶとは限らない。何処にでもイレギュラーは潜んでいる。そのために、常に最悪の結果、結末を見越して、更にその先の、必要な手を打っておく。それが、常に“ゼロ”のやり方だった。
「黎星刻という男を頼れ」
「黎?そいつは何者だ?」
「中華連邦国内で、クーデターを画策している男だ。こちらの情報はある程度聞き知っているはず。あの男の頭脳なら“黒の騎士団”と繋がりを持とうと考えるはずだ」
「何処にいる?中華連邦は広い」
「洛陽。大宦官の側だ。すぐに分かる」
「それなりの地位にいる、ということか。それは探す手間が省けそうだ」
 苦笑しながら後ろを振り向いても、その表情からは悲嘆も、苦痛も読み取れない。戦略を、戦術を、その頭の中で目まぐるしく紡ぎだしては、取捨選択を繰り返しているのだろう。難儀だな………そう哀れみを抱き、前を向いたC.C.は、「星刻」という名を何処かで聞いたような気がして、思い出せずに憮然とした。


 行政特区日本の崩壊に端を発した、黒の騎士団の蜂起“ブラックリベリオン”は失敗に終わった。多くの幹部は捕らえられ、いまだその処遇は決まらずに、エリア11の牢内にあった。そして、彼らの首魁“ゼロ”は、死亡が発表された。生き延びた者達は各地へと離散し、その足取りを掴むのは困難を極めていた。
 そんな中、中華連邦の首都洛陽、ひっそりと佇む一軒の屋敷に、来客があった。決して小さくはなく、大きくもないその屋敷は、少しばかり荒れていた。門扉は錆付き、瓦屋根は朽ちかけ、草花は芽を出す場所を選ばずに咲いていた。
 足音を立てないように、数人の男女が足を踏み入れた。彼らは、エリア11から逃れてきた“黒の騎士団”のメンバーだった。
 一人は“ゼロ”の親衛隊長でもあった紅月カレン。そして、常に“ゼロ”の側近くにいたC.C.、協力者であった篠崎咲世子、主に諜報などに携わっていたディートハルト・リート、そして三名程の一般団員だ。
「C.C.此処は?」
「ゼロから聞いていた、中華連邦国内にいる協力者の居住の筈だが、住んでいるのか?」
 流石の荒れ様に、ディートハルトの問いに答えつつ、C.C.は不安を覚えた。だが、その屋敷には覚えがあった。もう、数年は前になるが、自分は此処で、何とか神聖ブリタニア帝国皇帝の手から逃れることが出来たのだ。まさか“ゼロ”の言っていた相手というのは………
 考えながら屋敷へ足を踏み入れ、接近戦に向いているカレンと咲世子を先行させて、人がいるかどうかを探らせる。
 幾つか部屋の扉を開けて中を覗いたが、埃の積もった部屋ばかりで、住んでいる気配がない。奥へと進んでいくと、先行していたカレンの短い悲鳴が上がった。
 慌てて全員でそちらへ足を向け、空いていた扉から中へ入ると、カレンの背後からその喉下へ剣を向けている男がいた。
「不法侵入だな“黒の騎士団”諸君」
 低い、声。別の扉から飛び込んできた咲世子を牽制するように、男の手から飛び出した何かが、咲世子の手にあった武器を叩き落とした。
 落とされた武器を拾おうとすれば、次は自分の首が飛ぶ。そう考えた咲世子は動かず、視線をC.C.へ向けた。
「荒れていたからな、人が住んでいないと思った。こちらに敵意はない」
「ならば、全員武器を捨てろ。隠し持っているナイフや小銃も、全てだ」
 全員が、小型の銃やナイフは身につけていた。仕方なくそれらを全て目に見える形で床へと置く。男はそれを確認し、カレンをC.C.の方へと突き飛ばした。勿論、その際にカレンが持っていたナイフは奪い取って。
「それで“ゼロ”を失った君達が何の用だ?宿を乞いに来たわけではないだろう?」
 言いながら、男は剣の切っ先を、室内にいる全員へ一度ずつ向けていく。それは、C.C.の前でぴたりと止まった。
「君は、あの時の」
「悪いが、あの時借りた路銀を返す手立ては今ない。他の用件で来ている」
「返って来るとは思っていない」
 男は剣を腰に下げた鞘へ戻し、ぐるりと全員の顔を見渡した。
「篠崎咲世子、ディートハルト・リート、紅月カレン、C.C.他は一般団員か。生き残りはこれだけか?」
「他は潜伏しています。情報、武器弾薬、エリア11への再潜入ルートを模索するために力添えをいただきたい」
 ディートハルトの言葉を男は鼻で笑った。
「断る。此方もそれほど暇ではない」
 言うなり、男は部屋の真ん中にあった書斎机の椅子を引き、腰を下ろした。そして、卓上にあったコントロールパネルを操作し始める。すると、壁際に設置された巨大な画面に世界地図が表示された。そこへ、様々な情報が表示されては消えていく。到底、目では終えない速さで。
「だが、C.C.は残していけ。彼女には用がある」
「私は高いぞ?」
「貸した路銀の代わりだ。安いものだろう?魔女」
「………誰に聞いた?」
「調べただけだ」
 C.C.と男の会話に、誰も口を挟むことが出来ない。挟めば、男の腰に佩かれた剣、或いは眼に留まらなかった武器が、攻撃してくると分かっているからだった。それほど、男の全身からは殺気が漂っていた。
「いいだろう。お前達は外で待て。そうだな………今は丁度昼か。三時になっても戻らないようなら、お前達は次の行動へ移れ」
「でも、C.C.」
「それまで、空いている部屋で彼らを休ませることは可能か?」
「埃を被っている部屋は使っていない。椅子でも机でも好きに使え」
「だ、そうだ。カレン、皆を連れて何処か一室で休んでいろ」
「大体、この男は何なの!あんたと知り合いなの?二人っきりにして大丈夫なの?」
「黙れ、紅月カレン。私の前で喚くな。私が今一番斬り刻みたいのは、君だ」
「なっ………」
 鋭い眼光に睨まれ、カレンが一歩引く。
「それでも殺さないのは、今後“ゼロ”の役に立つ可能性があるからだ。感謝しろ」
「咲世子、皆を連れて何処か一室に」
 C.C.の言葉に一礼した咲世子が、驚くカレンの腕を引いていき、三名の団員とディートハルトを連れて退室する。C.C.は放り出した武器を跨いで、机へ近づいた。
「黎星刻。まさか、お前だったとは。あいつとどういう関係だ?」
「私こそ聞きたい。私の家は何処へ通じている?彼女は今無事か?君は、彼女の一体何なんだ?」
 男の指がパネルを操るのを止め、顔が上げられる。憔悴の色が、濃かった。
「ルルーシュを、知っているんだな?」
 C.C.の言葉を聞いた男の顔に、狂気染みた笑顔が浮かんだ。















2019/12/28初出