*最愛の骨と血-]-*


 伸ばされた手に、ほっとしたような表情をするナナリーを見て、ルルーシュも微笑んだ。
「お兄様、無事で…」
「俺は大丈夫だよ、ナナリー」
「でも、一日眠ってらっしゃるから…」
「そんなに、眠っていた?」
「はい」
「それは、流石に眠りすぎだな」
 肩を竦めるようにして笑い、体を起こし、腕を伸ばしてナナリーの頭を撫でる。
「お茶でもしようか」
「はい」
 満面の笑みで答えたナナリーの座る車椅子を押し、部屋を出て階下へと行く。昨夜壊れてしまった応接室ではない部屋へと行くと、そこに、珍客が座っていた。


 沈黙の下りる室内にいるのは、ルルーシュとスザク、二人だけだった。気を利かせたナナリーが部屋を出て行き、勝手に館の中へと通したC.C.も当たり前のように出て行き、残された、と言った方が正しいだろうか。
 何を口にしたらいいか分からず、沈黙がただ、続く。それを打破する言葉が、喉の奥で張り付いて、出てこない。出された紅茶に手を伸ばし、スザクは沈黙をやり過ごそうと、口をつけた。
「それで、何の用だ?俺を、殺しに来たか?まあ、当然か…俺はお前達にしてみれば、殺人未遂の容疑をかけられているわけだから…」
 “吸血鬼事件”の事を言っているのだろうと言うことは、すぐに分かった。だが、それを否定する言葉は、スザクの口からは出ない。マオが死んだことを知っているのは、スザクだけなのだ。警察や軍は、いまだに“吸血鬼事件”は連続性のある事件で、これからも続く可能性があると、考えている。
 犯人は本当に吸血鬼で、血を吸う化物で、それは退治しました、などと報告したところで、それは報告にならないだろう。事件の解決にもなりえない。警察が欲しいのは物証と目撃証言、そして“人間”の犯人だ。科学的に説明のつく根拠が欲しいのだ。
 幻想は、いらない。
「違う」
「じゃあ、何をしに来た?」
「…君と、友達に、なりに…」
「…何だって?」
「この間、ナナリーが、僕と友達になりたいって、言って…だから、僕も、君と、友達になれるかな、って…マオと戦って気を失った君を、何だか、見捨ててしまったみたいで、裏切ってしまったみたいで、後味が悪くて…」
「馬鹿馬鹿しい…人間の友人を作って、何になる?必要性がどこにもない。それに…」
「ん?」
「…いや、何でもない」
「そんな風に途中で言いかけられると、気になるんだけど?」
「関係のないことだ、お前には」
「ここまで関わって、関係ないわけがないよ」
 真っ直ぐに、そらされることなく向けられる強い視線に、ルルーシュは背もたれに背を預け、深く溜息をついた。
「なら、話を聞いても後悔するなよ。絶対に」
 これは、命を賭けなければいけない、話。


 吸血鬼…それは、死した後、血を吸う化物へと変化した者達の総称。ヴァンパイア、ヴァンピール、ウルピル…様々な呼称はあれど、大差ないその存在に共通するのは、死体が蘇り、生前と変わりない生活を送るということ、そして、必ず人間の血を吸い、夜に生きる、ということ。
 吸血鬼は、生きている間になるものではない。必ず、一度死に、墓へと葬られた後になるものである。
 故に、ルルーシュもナナリーも、一度、死んでいることになる。ただし、始祖であると公言しているC.C.に関しては不明な事が多く、一度死んだ身とは到底思えないのだが。
 そして、死者といえど、人間と大差のない生活を送れると言うことは勿論、睡眠欲、食欲、性欲がある。性欲には個々人の差があるが、食欲は大方、二日や三日に一度の吸血で事が足りる。
 しかし、睡眠欲はそうはいかない。人間の体が変化しているとはいえ、素地は人間の体なのだ。何百年も、通常の生活をしていれば、体に歪みが出る。そのために、本能がその歪みを感じると、自動的に、体は眠ろうとする。周期はそれぞれ差があるが、大体において、二十年から三十年の間に一度、数十年の眠りが訪れる。それは、長く永い命を生き続けようとする吸血鬼達の知恵とでも言えようか。
 それを便宜上、彼らは休眠期と呼ぶ。
 だが、この休眠期には危険が付き纏う。何故なら、吸血鬼にとって一番美味しい血液は、同じ吸血鬼の血液だからだ。ならば、休眠期に入った吸血鬼を襲えば、簡単に極上の食料にありつけると言うことになる。
 同属同士での殺し合いを回避するために、吸血鬼達は休眠期に入る前に行方を晦まし、また、騎士と呼ばれる身を守る存在を作り出す。
 生きている人間に、自分の血を飲ませる事で、従属化させるのだ。死んでから飲ませたのでは、吸血鬼化してしまう。また、死ぬまで血を吸い続けても、同じ結果になってしまう。それでは、何の意味もない。吸血鬼化せずに、吸血鬼と変わらない戦闘能力や移動速度を得るためには、それ以外に方法がない。
 騎士となった者は、人間でもなく、吸血鬼でもない存在になる。そのために、睡眠を必要としなくなる。この特性に着目したからこその、騎士とも言えた。
 蘇生し続ける、C.C.の系譜に連なる“吸血鬼”達の持つ能力。赤い瞳。これもまた、ここから派生した能力なのかもしれない。
 長く、永い時を生きたいと願う、彼らの貪欲な生への執着が生んだものなのだろう。
 騎士の条件は特にない。ただ、己を守らせるための存在のためか、信頼がおけ、信用できる、戦闘能力の高い人間を選ぶ者が多い。
 そして、ルルーシュにはもうすぐ、休眠期が訪れる。だが、自分に騎士は必要ない。そもそも、なりたくてなった吸血鬼ではない。それよりも、自分が休眠期に入った後、一体、誰が、妹のナナリーを守ると言うのか。ナナリーに休眠期が訪れるのは、まだまだ先だろう。それまで、一人で生活しろと言うのは、あまりに過酷だ。同じ吸血鬼であるマオから受けた傷は、ナナリーから、吸血鬼の持つ蘇生能力を半分以上奪い取った。そのために、吸血鬼後に受けた酷い傷が、未だに治らない。
 だからこそ、自分ではなくナナリーに…
 枢木スザクと言う存在は、偶然にも出来すぎた、手ごろな物件だった。軍人と言う、高い戦闘能力の期待できる職業と、吸血鬼の住まう屋敷に当たり前のように出入りできる豪胆さ、そして、実直そうな眼。裏切りなど、しそうにないような。
 友人など必要ない。必要なのは、騎士だった。












2007/9/24初出