*最愛の骨と血‐]T‐*


 無理強いはしない、嫌なら嫌でも構わない。だが、考えてくれと言われた。
 スザクは、答えなかった。自分の中に浮かんだ答えに、驚いたからだ。
 なるのなら、君の騎士がいいと、スザクは、そういいそうになって、言葉を呑み込んだ。
 けれど、ルルーシュが望むのは、そんな言葉ではない。どうすれば、本当に彼が喜ぶだろうかと、本気で考えている自分に気づき、驚きもし、また、苦笑した。
 信用に値するだとか、そう言う理屈を理由にしていたわけではなかったのだと、ようやく気づいた。
 ただ、君が………


 何度、言われた事を反芻しても、何度、そんなことを考えてはいないのだと否定しても、出てくる答えは同じだった。
 三日、悩んだ。仕事をしていても上の空で、幾度上司に叱責されたか分からない。
 それでも、結局、また、ここへ足を運んでいる。
 まだ、初めて彼と会ってから、一月と経っていないのに、まるで、通いなれた場所へと来るように、自然と足が向く。
 深い森の中にある、街灯もない小径を抜けて見えてくる、聳え立つ城のような洋館。その中へと、当たり前のように入っていく自分に少し苦笑しながら、三日前に招き入れられた部屋の扉を叩く。だが、中からは何の返事もなく、扉を開いて覗き込んでも、誰もいない。ならば、他の部屋にいるのだろうかと思案した所で、スザクが通ったことのある部屋など高が知れている。
 今扉を開けた部屋と、マオとの戦闘によって、大破した部屋、そして、ルルーシュの居室だった。
 と、人の声が上からしたような気がして、意識をそちらへ集中すると、何か、言い争っているような声。部屋の扉が開いてでもいるのか、階下にまで届いてくるのは、怒鳴り声に近かった。
 一体、何事かと階段を上がり、声のする方へと吸い寄せられるように近づけば、以前訪れたルルーシュの部屋とは、反対側にある三つ目の部屋の扉が開き、中で、ルルーシュがC.C.を問い詰めるように、声を荒げていた。
「答えろ」
「…知っていた。だが、黙っていて欲しいと言われたから、黙っていた」
「っ…」
「お前に、心配をかけたくないと、ただそれだけだったのだろう」
「だがっ!」
「言っておいたはずだ。ナナリーの蘇生能力は著しく低下している。それを補うためには、他者の蘇生能力を奪い取る力に目覚めるしかない、と。だが、その力に目覚めたのはナナリーではなく、お前だった。そして、ナナリーに、その兆候は一切、見られなかった。それが何を意味するか、お前にだって分かっていただろう?」
「だが、もう少しで…」
「ナナリーに、騎士を作るだけの体力が、残っていたとお前は思うのか?血液を失う事になる騎士を作る儀礼に、ナナリーは耐えられなかっただろう」
「だが、だからといって、このままにはしておけない!」
「もう、諦めろ」
「待て、C.C.」
 C.C.が扉へと向かい、気づいたように肩を竦めると、その肩を掴もうとしていたルルーシュの手が止まり、まるで、仇でも見るような鋭い瞳で、扉の側に立っていたスザクを見た。


 寿命の尽きる、吸血鬼の死は、苦しみもなく、緩やかに訪れる。
蘇生能力を失ったナナリーは、昏々と、眠るように眼を閉じていた。いつものように、微笑んで。だが、その指先、髪の先は、まるで溶けて消えでもするように、少しずつ、少しずつ、砂のように零れていく。
それを留める術など、例え全ての“吸血鬼”の始祖であるC.C.ですら、持ち得はしない。ただ、緩やかに訪れるその死を、待つのみだ。
 マオに傷つけられ、蘇生能力を失ったナナリーは、確かに弱っていたのだ。車椅子に頼らねばならないほどに。それは、足を傷つけられた事も原因としてあっただろう。だが、それ以上に、歩く事も出来ないほどに、もう、蘇生能力が失われていたことの、証でもあった。
 そして、その死を認めることが出来ずに怒鳴り散らしていたルルーシュは、まるで、生きる目的を無くした人間のように、深く、ソファに沈み込んでいた。
 かける言葉がないと言うように、C.C.は席を外した。入れ違うように招かれたスザクは、そんなナナリーとルルーシュを見て、やはり、何の言葉もかけられずにいる。
 スザクは人間で、彼らは人ではないのだ。本来ならば、既に死んでいる人間。ならば、屍に戻るのが自然の摂理と言うものだろう。だが、こんなにも人のように憔悴し、嘆くものを、本当に化物だと断じてよいものだろうか…
「…お兄様…」
「ナナリー!」
 弾かれたように、ソファから立ち上がり、駆け寄ったルルーシュが崩れ始めている手を握ると、ナナリーは本当に、花が綻ぶように微笑んだ。
「お兄様…私の、我侭…聞いて下さい…」
「ああ。ああ…何でも…」
「…私の、分まで、沢山、生きて、下さい…」
「っ…ナナ、リー…」
「最後の、我侭です…だから…」
 スザクが初めて会った日に着ていた、白いドレス。ルルーシュに買ってもらったのだろうその白いドレスのレースの襟が、風もないのに浮かぶ。
 そして、ドレスが、静かに、白いシーツの上へと落ちた。


 声もなく泣き続ける姿を直視できず、部屋を出ると、C.C.が、壁に背を預け、たっていた。
「ナナリーは、生前から体が弱かった」
 口を開いたC.C.の声は重く、廊下に響く事はない。
「疾患があるわけではなかった。だが、弱かった。体の弱い人間が吸血鬼化できる確立は、健全な人間が吸血鬼化できる確立より、格段に低くなる。ナナリーが吸血鬼となれたのは、そもそも奇跡だった」
 窓の外は、暗い夜。月も星も、雲に隠されて見ることができない。
「私が、マオと引き合わさなければ、よかったのだろう。今となっては、本当に遅い後悔だが…」
 淡々と話しているように見え、冷たく聞こえる声の奥底から、後悔と懺悔の感情が、見え隠れする。スザクに語る事で、まるで全てを託すように。
「私は、また新しい家族を作りに行く。枢木スザク」
 C.C.の瞳が、優しく細められる。それは、まるで母のような、姉のような、穏やかな優しい色をしていた。
「騎士の話を聞いたのだろう?ルルーシュを、頼むぞ」
「え?」
「お前のような奴が騎士になれば、ルルーシュにも慰めになる。一人にしてゆくのは、少し、心残りだからな」
「どうして、一緒に…」
「それは出来ない。初めての休眠期が訪れる時は、一人立ちする時だ。それは、私の中に刻まれている戒めの一つ。常に側にいてやることは、出来ない」
「時々は、顔を見せに?」
「時間が、あればな」
 苦笑するように微笑んだC.C.は、そのまま別れの挨拶をするでもなく、スザクへ背を向けると、階段を降りてゆく。
 数秒後、大きな扉が開き、閉じる音がした。












2007/9/30初出