*最愛の骨と血‐]U‐*


 闇に溶け込む髪の色、闇を弾くほど白い肌、その中にあって異彩を放つ紫紺の瞳。その強い瞳に射抜かれた時から、運命は決まっていたのだろう。
 まわり、めぐり、うごく、さだめ、幸、不幸、宿命。
 同じ場所に、いつまでも居るわけではない。居られるわけでもない。人は、流れてゆくものなのだから。
 後悔が一欠片もないと言えば、嘘になるだろう。自分に関わりを持ってくれた優しい人々を、全て、置き去りにしていくことだったのだから。
 それでも、彼を、一人にすることは、心がしめつけられるほどに、苦しい事だったから。


 緩やかに上げられた顔は憔悴し、その瞳には、強い光がなかった。
「あいつは、逃げたんだろう?」
「え?」
「C.C.だ」
「違うよ。逃げたんじゃない」
 後ろからゆっくりと近づくと、その薄い肩が、震えていた。怒りからか、悲しみからか…その理由は分からないが、声をあげずに泣くその背中が、淋しいと思った。 「出て行け。ナナリーは死んでしまった。もう、お前に用はない」
「でも…僕は…」
「邪魔だ」
「でも、僕は、君の騎士になりたい」
「…何だって?」
「僕は、君に騎士の話を聴いた時、そう思った。ナナリーじゃなくて、君の騎士に。今日は、最初からその話をしたくて、ここに来たんだ」
「俺に騎士は必要ない。欲しいとも思わない」
「この先、君は、一人で生きるって言うのか?」
「一人でいい」
「僕は、嫌だ」
「は?」
「そんな風に淋しそうで、悲しそうな君が目の前にいるのに、僕にこのまま回れ右して帰れって言うのか?冗談じゃないよ」
 決して振り返らないその肩に手をかけ、力任せに自分の方へと向かせる。
「君は、怖いんだろう?大事なものを作るのが、親しい人を作るのが。こうして、失うことが怖いんだろう?」
「五月蝿い」
「君は、言葉は冷たいけど、でも、優しいんだ。だから、振り払えない、冷たくし切れない。だから、そうして踏み込む前に、全てを遠ざけようとしてるんだ。本当に嫌いなら、どんな手段を使ってでも、僕をこの屋敷から追い出してるはずだろう?とっくに」
「違う」
「違わないよ。そうじゃなきゃ、どうして、そんなに涙が止まらないんだ?家族を失って淋しいのは当たり前だ。なのに、どうして君は声をあげて泣かないんだ?泣いて、いいのに」
 冷たい体を、抱きしめる。その冷たさに、背筋が震えたけれど、離してはいけないと、この腕を緩めてはいけないのだと、スザクは硬く、眼を閉じた。
「泣いて、いいんだ。辛いって、悲しいって、声をあげて」
「離せ」
「離さない」
「離せっ!」
「嫌だ」
 本気で嫌なら、離して欲しいのなら、初めて会った時のような、マオと対峙した時のような速さで、逃れればいいのに…そう、思っていると、冷たい手が、スザクの胸元に、縋るように、伸びた。
 小さな嗚咽が、一つ、零れた。


並々と、グラスに注がれてゆく赤い色をした液体。その元を辿れば、切り裂かれた手首に辿り着く。溢れんばかりに注がれた、鉄錆びの臭いのするその液体が、目の前に置かれる。
「傷は?」
「どうせ、すぐに治る」
 白い肌はまるで紙のようだが、そこにこびりつく赤い血が、生々しく、生を感じさせる。
「一息で飲めよ」
「それは、決まりごと?」
「いや?その方が、いいだろ。味を考えなくていい」
「…確かに」
「まあ、もし適応しなかったら、きちんと埋葬してやる」
「それは、どうも」
 吸血鬼の血液を飲み干して、皆が皆無事に騎士になるかと言うと、そう言うわけでもない。吸血鬼化するのと同様に、身体に疾患があったり、弱かったりと言うことがあると、適応しない場合もあるらしかった。
 グラスを持ち、覚悟を決める。例え、適応しなくても、埋葬してくれると言うのだから、自分の変死体が上る事はないだろう。それは、救いといえるかもしれなかった。
「そうだ」
「ん?」
「吸血鬼と騎士は、主従の関係になる。だからといって、お前に今更丁寧口調やら遜った調子で話されても気持ち悪いから、普通に話せよ」
「うん」
「後、多分、三日三晩は魘されると思うぞ」
「…そう言うことは、先に言っておいてくれると、心の準備が出来たんだけど」
「だから、飲む前に言ってやってるだろ。やめてもいいぞ?」
「僕は、そんなに意思の弱い人間じゃないよ」
 スザクは言い放ち、持っていたグラスに口をつけ、味わわないようにと、一息にそれを飲み干した。決していい味とは言えないそれを、喉の奥へと流し込み、食道を通して、胃へと落としてゆく。まるで、その流れが分かるように、血液はスザクの体の中を、駆け巡った。
 大きく、体の奥で、何かが跳ねる。それが、酷く五月蝿い心臓の鼓動だと気づくと同時に、グラスを取り落とし、意識を失った。


 蓋が上る。覗く白い指から、腕。そして、半分ほどずれた蓋が床へと音を立てて落ち、白い体が起き上がる。
「…暑い」
「夏だから」
「嫌な時期に、眼が覚めた」
 用意しておいた服を目の前に出す。
「何年ぐらい、眠ってた?」
 言われて、年月を指折り数える。
「三十二年、って所かな」
「そんなものか」
 服を広げている手を掴み、顔を近づける。
「おはよう、ルルーシュ」
「ああ。おはよう、スザク」
 自然と近づいた唇が、軽く触れ合って、離れた。







これで、一応完結です。最後は丸くおさまりました。
マオのC.C.に対する執着を書けたのが、かなり楽しかったです。
また、吸血鬼に関することも、自分の意見を多少織り交ぜ、調べた民間伝承等も盛り込んであります。
参考資料は、メニュー頁に上げている通りです。
そして、タイトルですが、やはりメニュー頁にある詩から、とりました。
ナナリーには可愛そうなことをしてしまいましたが、ルルーシュが縋るシーンを書きたかったので…
そして、一番重要なことは、まだ、スザクが自分の気持ちを、ルルーシュに伝えていない、と言う点です。この時点で。
最愛の血と骨。これから、スザクにとっての最愛の血と骨は、ルルーシュです。ルルーシュの血と骨が、彼の身となっていきます。
そして、いつか、その後ろに、“心”とつく日が来る事を願って…
ここまでお付き合いくださった方、ありがとう御座いました。第二部を、お楽しみに。





2007/9/30初出