*最愛の骨と血-U-*


 一週間も、半分以上が過ぎた。既に、今日はあの青年と遭った日から、五日目。軍人として、持ち物…それも、自らの身分を示す重大な、警察手帳にも近い手帳を盗まれることなど、あってはならないことだった。軍内部で提示する事もある。
一週間の休暇を半ば無理矢理に近い形で?ぎ取り、昼夜捜索してはいるものの、彼の青年に会うことは、いまだ叶わなかった。最初に会った場所へも、勿論足を運んだ。だが、犯人が現場に戻るのとは、わけが違う。来るはずもなかった。名前も住居も知らない、たった一人を街の中から探すことなど、砂漠の中で砂金を一粒見つけようとする行為に、等しいのかもしれない。
 それでも、スザクは諦めると言うことをしなかった。毎日歩けるだけ歩き、人ごみの中を探し続ける。時には、住宅地まで足を伸ばす事もあった。
 絶対に見つけて、取り返す。そして、もしも、彼が、“吸血鬼事件”に絡んでいるのならば、証拠を掴む…と。


 人工のネオンが輝く夜の街。最近の物騒な事件のせいで、個人経営の店などは閉まるのが早い。そのせいか、往来の人通りはやはり少なく、足早に家路を急ぐ人々の足が、止まる事はない。電燈の明かりも、通常より少ないように見えた。
 しかし、まだ日が沈んで間もない時刻のせいか、人通りが完全に途絶える、と言うことはなかった。
 輝くショウウィンドウ、その向こう側で働く人々、点滅する信号に、走り去っていく車やバイク。一体、自分は何をやっているのだろう。
 途端、まるで、自分がこの世界に一人でいるような気になり、周囲を見回す。確かに、人は居る。だが、皆が皆自分のことに執心し、他者へと目を向ける余裕がない。
 ああ、今、自分は、一人なのだ。誰に頼る事も出来ず、自分一人の力で、何とかしなければいけない。
 引き下がる事が出来ないとわかると、人と言うのは腹を決めるのか、休暇中の身で、武器を携行できないのが分かっていながら、素手でも何とかしてやる…と、ある意味、無謀すぎる覚悟を決めた。
「ん?」
 明るいショウウィンドウ。飾られているのは、女性物の洋服。そのショウウィンドウの向こう側、店内に、漆黒の姿があった。
「っ!」
 追いかけるようにして店内へと入ろうかとも思ったが、そんなことをすれば、店員にも不審がられるだろう。それに、下手をすれば逃げられる可能性がある。
 出てくるのを待って、後をつけ、住居を確認する方が適切だと判断し、その店と他店舗の間の細い路地へ身を隠す。
 時折時計を見ながら、店の入口を注視していると、十分としない内に、青年が出てきた。後ろから、箱を持った女性店員がついてくる。
「妹さん、喜んでくださるといいですね」
「ああ」
「ありがとうございました」
 赤いリボンのついた大きな白い箱を彼に手渡した店員は、しばらくその背を見送り、店の中へと戻る。それを確認したスザクは路地から出て、青年の後姿を尾行する。
 気づいているのか、いないのか…淡々とした足取りで進む彼は大通りを抜け、少しずつ住宅街へと近づいていく。
 明かりの少なくなる住宅街の細い道を進んでいく。彼の向かっている先は、いわゆる高級住宅街とでも言う場所だった。この街の中では、一等に地価が高い場所だ。
 そして、彼の足は装飾の施された高い鉄門扉の前で留まる。そこへ至るまでは、五十メートルをゆうに越える白い塀が、続いていた。その姿が扉の向こうへ消える。慌てて追いかけると、既に扉は閉まっていた。だが、扉から覗き込んだだけでは、何処に家と呼べる建物があるのか、見ることができない。左右に森のように木々が連なり細い道が続いている。外灯も立っていない細く暗い道は、歩きにくそうだった。
「おい」
「うわっ!」
 後ろから声をかけられて振り返ると、長い緑色の髪をした少女が、立っている。
「そこで何をしている?」
「いや、あの…あ、此処に、僕と同じくらいの年齢の男の子が住んでない?」
「ああ。あいつに用事か?」
「そう、なんだけど…」
「この家は呼び鈴とかがないからな。まあ、人が訪れる事は皆無だ。必要ないんだろう」
 言いながら、少女はスザクの横を通り抜け、扉に手を触れた。ただ、触れただけだった。押すような仕草も、引くような仕草もしていないのに、扉は静かに左右へと開いていく。
「入れ」
「え?いい、の?」
「用事があるのだろう?」
「そう、なんだけど…」
 促されるまま、扉の内側へと入る。確かめた少女が敷地の中へと入ると、扉は、自動的にスザクの背後で、音を立てて閉じた。












2007/8/25初出