*最愛の骨と血-V-*


 外灯の一つもない、長く続く森の小道を抜けると、突然視界が開け、目の前に、静かに水を噴き上げる噴水がお目見えした。三人の石造の女神が掲げ持つ瓶から、水が流れ落ちている。その女神達の頭上へと、水が降り注ぎ、酷く幻想的だ。
 そんな噴水の向こう側に佇むのは、城と見紛うばかりの洋館。館の所々に這っている蔦が、長い月日を過ごしてきた事を、物語っている。
 スザクを招き入れた少女は、黙々と足を進め、いつの間にか館の玄関口に立っている。急いでスザクはその背を追い、大きな玄関戸を見上げた。
 獅子の形をしたノッカーが取り付けられた重厚な扉。てっきりそのノッカーを叩いて、住人を呼び出すのかと思ったら、少女は何も言わずに扉を開けた。
「入れ」
「あ、はい」
 高圧的な態度だが、どこか浮世離れした少女の容姿や雰囲気に呑まれ、つい、丁寧な言葉遣いになる。
 促され、建物の中へ入ると、夏も近い時期だと言うのに、まるで、冬のような寒さがあった。腕を摩り、数歩館内へ足を進めると、少女が扉を閉める音が、玄関ホールへと響き渡った。
 見上げれば、高い天井。暗い闇を内包したそれが、何処までの高さがあるのかは、見当がつかない。そして、入って真っ直ぐ、玄関ホールから階上へと続く階段は、左右に大きく歪曲して、二階のホールへと続いている。
「何をしに来た、C.C.」
「挨拶だな。態々出向いてやったと言うのに」
「招待した覚えはないが?」
「緊急事態が起きてな」
「緊急事態?」
「ああ。それより、この少年がお前に、用があるようだぞ」
「ん?」
 何時、何処からやってきたのか…スザクの後ろで扉を閉めた少女の目の前に、あの青年がいた。スザクから、手帳を奪って行った青年が。
 気配すらなく、足音すらなく、当たり前のように少女と話をしている青年に、スザクは背筋を震わせる。
「凄いな。よく此処を見つけられたものだ」
「表で門を見上げていたから入れたが?」
「ああ。構わない。客である事に変わりはないからな」
「ふん。ナナリーは?」
「居間にいる」
「では、挨拶をして来よう」
 扉から手を離した少女が、右側にある扉へと近づく。
「おい。緊急事態が起きたんじゃないのか?」
「一日位、猶予はあるさ。少し位、体を休ませてくれ」
「…好きにしろ」
 少女はそのまま扉を開き、その向こう側へと姿を消す。玄関ホールに残されたスザクは、真っ直ぐに、青年を睨みつけた。
「手帳を、返してもらいに来た」
「約束は守るさ。お茶を入れて来よう」
「必要ない。返してもらえれば、すぐに帰る」
 スザクの強い語気に、青年は肩を竦めて、背を向けた。
「捕まえなくていいのか?」
「ん?」
「“吸血鬼事件”の犯人を」
「何!?」
「そっちの部屋で、待っていてくれ」
 少女が姿を消した部屋とは反対にある扉を示し、青年は左右に歪曲した階段の横をすり抜け、奥へと消える。
 一人になった途端、寒さを思い出し、腕を摩った。












2007/8/30初出