揺らめく、蝋燭の炎。紅く、橙色に瞬くその炎が溶かす透明な蝋が、白い蝋燭の体へと落ちていく。もう、幾度、それを見送っただろう。目の前に出された黄金色の紅茶には手をつけず、会話もなく、沈黙だけが、部屋を支配している。 何故か、先に口を開いては負けるような気がして、スザクは言葉を口に出来なかった。もう、そうして、十分以上は、青年と対峙している。まだ、名前すら聞いていない。その間、青年は手袋をした指先でカップを持ち、少しずつ紅茶を飲んでいる。 カップが、微かな音を立ててソーサーの上へと置かれる。 「飲んだらどうだ?毒なんか入れていない」 「…喉は乾いてない。それより、手帳を返してくれ」 「ああ」 たいしたことでもないように、着ているジャケットの胸元へ手を入れ、黒い革の手帳を机の上へと滑らせる。それを受け取り、中を確認し、自分の着ている服のポケットへと入れる。 「それで?」 「ん?何がだ?」 「“吸血鬼事件”の犯人の話だ」 「ああ。目の前にいるだろう」 「何?」 「今、世間で“吸血鬼事件”と呼ばれている事件の犯人は、俺だ」 「君が?本当に?」 「ああ。但し、半分だが」 「半分?」 「警察は、襲われた人々の傷を調べているんだろう?だったら、もう一歩踏み出して調べてみればいい。傷に違いがあるはずだ」 「傷に違いが?そんな情報はもらってないけれど…」 「警察と軍の連携は、さほどうまくいってないみたいだな」 そんなことはないと、反論しようと口を開きかけた時、部屋の扉が開いた。 「お兄様」 「ああ、ナナリー」 「どうですか?似合います?」 微かな軋みを立てて、部屋を進んでくる車椅子。座っているのは、柔らかな長い髪の少女。両の眼が閉じられている。 「よく似合う。やっぱり、ナナリーには白が似合う」 「C.C.さんに着せてもらったんです」 白いドレス。フリルやレースがふんだんに使われたそれは、柔らかな少女の雰囲気と、よく合っていた。 「あ、ごめんなさい。お客様でしたか?」 「いいんだよ。…C.C.」 「何だ?」 後から入ってきた少女―C.C.が、扉に寄りかかるようにして、立っている。 「此処を少し頼む。ナナリーを寝かせてくる」 「ああ」 「ナナリー、行こうか」 「はい。今日は、これを枕元に飾って寝てもいいですか?」 「勿論」 車椅子を押しながら談笑し、二人が部屋を出て行く。スザクは部屋にC.C.と二人取り残され、立ち上がりかけていた腰を下ろした。 「で、お前は何なんだ?」 「え?」 「人間だろう?何故、此処へ?」 何か、今、言い方がおかしくはなかったか?人間だろうというその言葉が、おかしい。まるで、自分は人間ではないとでも、言うような… そんなスザクの心情を、表情から察したのか、少女が酷薄な笑みを口元に刷く。 「私達は、人間じゃない。お前達が言う所の、“吸血鬼”だ」 幾本かあった中の蝋燭が一本燃え尽き、炎が消えた。 ![]() 2007/8/30初出 |