*最愛の骨と血-X-*


C.C.は、当たり前のように部屋へと入ってくると、スザクの正面…少し前まで青年の座っていた場所へと座った。
「ドラキュラ…?」
「違う」
「違う?」
「そもそも、ドラキュラと言うのは本のタイトルであり、実在した人物の名だ。吸血鬼を総称する呼称としては、不適切だな」
「そう、なのか…」
「一番分かりいいのは、ヴァンパイアだろう」
「君は…君も、そうなのか?」
「ああ。私も、吸血鬼だ。人間の血を吸い、永い時を行き続ける存在」
「彼は?」
「ああ。ルルーシュも、ナナリーも、そうだな。私が血を分け与えた。ところで、お前はまだ私の質問に答えていない」
「え?」
「何故、此処へ来た?」
「…彼に、手帳を奪われて、返して貰いに」
「ふぅん。てっきり、あいつが騎士にするつもりで、呼び寄せた奴かと思ったんだがな」
「騎士?」
「気にするな。こちらの話だ」
 C.C.は立ち上がり、部屋の扉を開ける。まるで、タイミングを計ったように、扉の向こうには青年の姿があった。
「余計な事を言うな」
「余計?重要な事だ。お前にも、ナナリーにも、騎士がいない。それは、重要な欠点であり、弱点だぞ」
「…今、その話を持ち出すと言うのは、騎士が必要な事態が差し迫っていると言うことか?」
「………マオが、眼を覚ましたんでな」
「急にやってくるから何かと思えば…やはり、か」
「何だ?気づいていたのか?」
「当たり前だ。おい、スザク」
「え?」
 突然名前を呼ばれ、驚く。だが、手帳を奪われていたし、名前を呼ばれるのはおかしなことではない。しかし、過剰反応して立ち上がったスザクを見て、青年が眉根を寄せる。
「呼び捨てはまずいのか?」
「い、いや…」
「今度の“吸血鬼事件”の犯人は、半分は俺だ。だが、もう半分は…」
「マオだろうな」
「マオ、って言うのは…?」
「吸血鬼の一人だ。どうも、俺達を眼の敵にしているらしい」
「されているのは、お前だけだぞ、ルルーシュ」
「元凶は、お前だろう、C.C.」
「まあな」
 C.C.は肩を竦ませ、苦笑する。二人の会話についていけないスザクは、立ち上がったまま、二人を見比べるように、視線を泳がせるしかなかった。
「C.C.。ナナリーの側にいてやってくれ。俺は、こいつと話がある」
「高くつくぞ?」
 憎まれ口を叩きながらも、嫌ではなさそうに、C.C.は部屋を出て行く。それを確認した青年に促され、スザクはもう一度、腰を下ろした。


 冷め切った紅茶に、初めてスザクは口をつけた。熱を失ってもなお薫り高い紅茶の種類など、スザクが知るわけもなかったが、でも、素直に、美味しいと思った。
「“吸血鬼事件”の半分は、俺がやったものだ。食料の調達で」
「食料の調達?」
「ああ。お前達人間が、牛や豚を殺して食べるのと同じ事だ。ただ、俺たちにとっての生命維持の食料が、人間の血液だと言うだけのことだ」
「そんなこと…」
 スザクの言葉を遮るように、軽く手が振られる。
「それが、人間からすれば非人道的だと見え、非難する理由となるんだろうな。俺達に血を吸うな、と言うのは、お前達に牛や豚、鳥や魚、野菜を食べるな、と言うのと同じ事だ」
 人を殺す事、傷つけることが目的ではなく、ただ、生命維持のために人の血を吸うのだと割り切っている青年に、人の命の尊さを説いたり、糾弾したりするのは無意味だと感じ、スザクは一つ深く呼吸して、質問した。
「何故、この街で?」
「この街は、世界の中の先進国の中でも指折りの、巨大都市だ。多少の不可解な事件が起きても、気づかれないと思った」
「けれど、気づかれた。僕達に」
「マオのせいだ」
「マオ?」
「ああ。あいつは、俺が食事をし始めたすぐ後に、まるで真似をするように食事をし始めた。そして、暴食する」
「暴食…」
「酷い傷を残し、貧血を起こすまで血を吸う。俺は、そんな食い意地の張った食事方法はしない。貧血を起こすまで吸う理由がないからな」
「少しの血で、足りると?」
「そうだ。だから、一日に、一人…それも、数日おきに食事をしていたんだが…」
「その…マオ、という人のせいで、それが狂った」
「ああ。あいつは、毎日のように人を襲い、倒れるまで血を吸っている。そのせいで、こちらにまで害が及びそうだった。だから、こちらへ手が伸びる前に、あいつを捕まえようと外へ出た時に、お前を見つけた」
「僕を?」
「そうだ。そこでだ。取引をしないか?」
「取引だって?」
 スザクは眉尻を上げて、不快感を示す。だが、目の前で不適に微笑む青年は、静かに口を開いた。
「武器を作って欲しい」
「え?」
「吸血鬼を殺す武器だ。お前たちの追う“吸血鬼事件”の犯人の一人であるマオは、俺が殺そう。その為には、武器がいる。お前の手帳を見たら、技術部と明記されていたから、材料の調達やらが出来るんじゃないかと思ったんだ」
「こちらの利益は?」
「“吸血鬼事件”が解決する」
「君を捕まえることは?」
「好きにすればいい。ただ、俺はもう、しばらく人の血を吸うつもりはない。マオもそうだろう。現行犯でなければ、俺達を捕まえるのは、至難の業だぞ?」
「君を、それでも捕まえたいと僕が言ったら?その作られた武器で、僕が君を殺したら?」
「…好きにすればいい。俺を捕まえるでも、殺すでも……そちらが武器を作り、俺が犯人を殺す。悪い話ではないだろう?」
 逡巡する。自分一人で、決断できる事ではない。確かに、軍の技術部に所属してはいるが、スザクは階級がかなり下の方で、決定権などない。武器を作る云々は、上司が決める事だった。だが、もしも、その上司が、許可を出すのならば…
「………話だけは、上司にしてみる。僕には決められない」
「そうか」
「それで…」
「ん?」
「僕はまだ、君の名前を聞いてない」
「ああ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。ルルーシュでいい」
「それじゃあ、ルルーシュ。出来るとしたらだけれど…どんな武器を作れば?」
 スザクの申し出に、ルルーシュが口角を上げ、どこか、悪戯染みた微笑を浮かべた。
「それは………」












2007/9/6初出