*最愛の骨と血-Y-*


 眼を覚まし、見上げると、目の前に白い顔があった。
「…何だ?」
「いや。随分と、気持ちよさそうに眠っていたから、いたずらでもしてやろうかと」
「…もう、夕暮れか?」
「とっくに夜だ」
 黒い髪を掻きながら体を起こし、ベッドから降りる。
「ルルーシュ、お前、眠りの時間が深く、長くなっているだろう?」
「だから、何だ?」
「休眠期が、近いんだな?」
「…かも、しれないな」
「ならば、すぐに騎士を作れ。もしも、マオと戦う前に休眠期に入ったら、如何するつもりだ?ナナリーを、守るのだろう?」
「騎士は、作る。ただし、俺にではなく、ナナリーに」
「ナナリーはまだ、休眠期ではないぞ。必要ないだろう?」
「必要だ。俺が眠れば、守る者がいなくなる」
「…昨日の子供か?」
「候補ではある。生身で、俺に銃を突きつけた。あの度胸と豪胆さと、反射神経は期待できるかもしれない」
「武器は、期待できるのか?」
「さあな」
 クローゼットを開け、入っていた黒いジャケットを取り、羽織る。そのまま、部屋を出ようとドアノブに手をかけ、半分ほど開けた所で、ルルーシュは室内にいるC.C.を振り返った。
「子供同士の諍いに手を出してはならない…誰の作った掟だ?」
「掟ではないぞ。私の中に刻み込まれている、戒めの一つだ」
「そうか」
「だが、手を下してはいけない、と言う戒めはない」
「下せるのか、マオに?」
「もしも、お前が、殺されたなら」
「素晴らしい、慈愛だな」
 扉が閉じ、C.Cは、一人、部屋に残される。閉じられた扉を凝視し、小さく、呟いた。
「ルルーシュ…」


 まだ、家人の帰ってきて居ないのだろう、明かりのついていない家の庭で、前足に頭を乗せていた犬が跳ね起き、頭を擡げ、低く喉の奥で唸り、威嚇する。
 白い影が、音もなくその庭に降り立ち、唸り、吠え立てる犬に視線を向ける。
 影が手を伸ばし、吠え立てる犬の頭を掴んだ。
「五月蝿いのは、嫌いなんだ」
 そう呟くと、もう一方の手を伸ばし、体に触れる。そのまま、軽く手に力を込めた。いや、そのようにしか、見えなかった。
 途端、犬は吠えるのをやめ、それまで寝ていた場所に、倒れ伏す。そこから、一筋の血が土へと流れ、染み出た事を、闇夜の中で誰が気づくことが出来ただろう。
 影は、満足そうにそれを見下ろし、耳を澄ますように、感覚を研ぎ澄ますように、眼を閉じた。
「見つけた」
 恍惚と呟くその声が、風に乗って、霧散する


 目の前に並べられた、二丁の拳銃。枢木スザクの持参したそれを手に取り、重みを確認する。拳銃の横には、銃弾の入っていると思われる箱が、二つ置かれている。一丁は回転式拳銃、一丁は自動拳銃の仕様になっており、試作品と言うことなのだろう。
「一応、そのままでも使えることは使える。けれど、使いやすい方を使う方がいいとは思う。拳銃の扱い方は知っているのか?」
「いいや」
「…それなのに、拳銃の製造を僕に頼んだのか?」
「これが、一番手っ取り早そうに見えた」
 見ていると、確かに、拳銃の扱いには慣れているようには見えない手つきで、撃鉄や引き金に触れている。危なっかしく見えて、スザクはまだ置かれたままのもう一丁を手に取った。
「君の持っている回転式拳銃は、一応シングルアクションの方式を取っているから…」
「シングルアクション?」
「そう。だから、一度撃鉄を起こさないといけないんだ。ダブルアクションの方が簡単だろうけど、今回はこっちの方式を取ったんだ。それに、安全度も高い。拳銃初心者なら、そっちの方がいいかもしれない。警察なんかもこっちを使ってる」
 説明を聞きながら、撃鉄を起こすルルーシュを見、スザクも自動拳銃のグリップを握る。
 そして、互いに銃口を向けあう。だが、両方の拳銃に、銃弾は入っていない。それでも、緊張が流れた。
 拳銃は、ただ、人を殺すためだけに作られたものだ。それも、人の手で。それが、果たして、人間ではない存在にも有効なのかどうか、スザクは半信半疑だった。
 まだ、彼を、信用しきる事が出来ない。
「スザクは、拳銃の扱いは出来るのか?」
「軍人だからね」
「…味方は一人でも多い方がいいな…」
「ん?」
 一人小さく呟いているルルーシュの声を聞き取ろうと、スザクは少し、体をテーブルの方へと乗り出した。
「マオを殺すまで、此処へ泊まらないか?」
「は?」
「俺一人でどうにかできる相手でもない。例え吸血鬼でなくても、戦闘経験があるのなら、味方に引き入れたい」
「もし、僕がそのマオを殺せたら、手柄は貰ってもいいのかな?」
「好きにすればいいさ。ただ俺は、あいつを倒したいだけだからな。向こうも、そうだろうが」
「同じ、吸血鬼なんだろう?」
「同じ吸血鬼でも、皆が皆、仲がいいわけじゃない。俺とマオは、最悪の部類になるだろうな」
 ルルーシュが立ち上がり、拳銃をテーブルの上に置く。
「これは、このまま引き取って大丈夫か?」
「実用に耐えられる試作品だから。もし、直すところがあれば持ち帰るけど?」
「いや、いい。もう、いつあいつが来るか、わからな…」
 最後まで言葉を言い終えずに、ルルーシュの体が傾ぐ。そして、そのまま床に膝をついた。
「ちょっ…」
 急いで立ち上がり、テーブルを回り込んで膝をついているルルーシュの横顔を覗き込めば、瞼が伏せられている。
「…大丈夫だ」
 低く呟かれたその声に少し安堵し、スザクが立ち上がると、つられるようにルルーシュも立ち上がる。
「具合でも悪いのかい?」
「…いいや。それより、さっきの、泊まらないかと言った話は、どうする?」
「遠慮しておくよ。仕事もあるし。夜、此処へ顔を出すと言うのではどうかな?」
「いいだろう」
 テーブルの上で、二丁の拳銃の銃口が、窓から入り込む月明かりで、光り輝いていた。












2007/9/6初出