疑問符をつけながら、聞き返す。 「だ〜から、ウィルスなのかな、ってね。僕は、生物学詳しくないけど」 「どういう、ことですか?」 突然のロイドの発言に、スザクはその真意が分からずに、問う。 「命がある間か、死後そうなるのかは知らないけれど、一般に僕らが思ってる吸血鬼って、血を吸われたからなる、ってものだろう?」 「はい」 「でも、今回の被害者達は、事件の名前が“吸血鬼事件”ってだけで、血を吸われたからって、吸血鬼になったわけじゃない」 「そうですね。皆、貧血だとか、頭が重いとか、その位の被害で、翌日か翌々日は、当たり前みたいに普段の生活に戻っていると聞いていますし」 補足するように、セシルが言う。言いながら出されたコーヒーは、薫り高かったが、どこか、妙な色合いをしていた。異様に、どす黒い。それに手をつけず、ロイドは話を進める。 「人間の体重の5%を占める血液に、何かのウィルスが入り込む事で、吸血鬼化するんじゃないか、ってね。もしくは、完全に、僕ら人とは、血液の仕組みが違うのか…5%って言ったら、かなりの量だしねぇ」 「え〜と、赤血球、白血球、血小板、血漿…でしたっけ?」 「そうだよ〜凄いね、スザク君。優秀〜」 「それが、僕らとは違う、と?」 「ん〜だって、血を吸われただけで、吸血鬼になってる人は、今回の事件一人もいないからね〜もしそうなら、今頃世界中は吸血鬼だらけだよ」 「彼ら吸血鬼が、何らかの処置を人に対してすることで、転化する、と?」 「そ。それが何かは分からないけど。でも、興味深いは、興味深いよね〜そだ。セシル君。もうこの際だから、聖水とか、大蒜とか、木の杭とか、十字架とか、色々揃えない?」 「使えるかどうかわからないものに裂く予算が、今、うちにあると思ってるんですか?」 にっこりと微笑むセシルの笑顔に、ロイドの表情が固まる。 「様々な実験やら試作やらで、ロイドさん、随分予算使い込んでるんですよ?」 「あは」 「笑い事じゃありません」 一刀両断にされ、ロイドは気まずさを解消するために、コーヒーを一口、口に入れた。 「…セシル君」 「はい?」 「何、入れたの?」 「うふふ。当ててみてください」 ああ、きっと、ロイドさんにとっては吸血鬼よりも、セシルさんのこの笑顔の方が怖いんだろうな…などと、暢気なことを頭の片隅で考えながら、スザクはストックとして渡された、弾丸の入った箱を見る。 これで、本当に吸血鬼を殺せるのか…だが、他に良策がない限り、当たって砕けてみるしか、方法はなかった。 それ以上に、彼ら…ルルーシュやナナリー、C.C.が吸血鬼なのか…そもそもスザクは、そこにも未だ、疑問を抱いていた。 重厚な扉を、ノッカーを使わずに開く。何処へ顔を出せばいいのかと思案し、初めて来た時に通された部屋へと続く扉のノブに手をかけ、回す。開くと、中には、車椅子の少女と、C.C.がいた。 「ああ、お前か」 C.C.が先に気づき、顔をあげる。その声につられるように顔を上げた少女が、にこりと微笑んだ。 「スザク、さん、ですよね?」 「あ、うん」 「お兄様から聞いていました。ボディガードが来るよ、って」 「ボディガード…」 「はい。でも、私は、お友達になりたくて…だめですか?」 「…いいよ」 吸血鬼の友達。中々なれるものではない。ほっとしたような少女の笑顔と、その手元に広がっている色取り取りの正方形の紙に眼をやり、つられて微笑む。 「折り紙?」 「はい。C.C.さんに教えて貰っていたんです。C.C.さんは、色々な事を知ってらっしゃるんですよ」 「それなりに、長生きだからな」 自分とそう変わらない外見年齢だが、実際は長い年月を生きていると言うことなのだろう。中身が推し量れず、スザクは視線を部屋の中へと飛ばす。 「彼は?」 「お兄様なら、お部屋です」 「まだ寝てるんだろうな」 「もう、夜の九時なのに?」 「最近、お兄様、体の調子がおかしいみたいで…」 心配そうに顔を伏せるナナリーの頭を、テーブルの反対側から手を伸ばしたC.C.が撫でてやる。 「あいつの部屋は、二階へ上って右へ三つ目の扉だ。起こして来い」 当たり前のような命令口調に腹を立てることもせず、スザクはホールへ戻り、そこから階段を上がる。古い屋敷に相応しく、重厚な作りの手摺、そして、これで赤い絨毯でも敷けば、さぞや雰囲気が出るだろうと思われる階段。上り、右手の方へと歩き、三つ目の扉。 一応、一つノックをしてみるが、何の反応もない。きっと、眠っているのだろう。そのまま扉を開き、中へと入る。黒いカーテンの引かれた部屋の中は暗く、闇に慣れた眼を凝らし、何処に何があるのかを確認する。電気のスイッチ等がなく、部屋には明かりになるものが、何一つなかった。 ゆっくりと進み、ベッドと思しき場所へ近づく。吸血鬼は棺桶の中で眠ると言われているが、実際は、普通にベッドで眠るらしい。何枚もの掛け布団や敷布団の中に、埋もれるようにして眠っている白い顔が、あった。 この場合、やはり、名前を呼んで起こすべきなのだろうか。しかし、そう親しい間柄でもないのに、名前を呼ぶと言うのは、どうなのだろうか…腕を組んで、徒然とスザクが考えていると、白い顔が、呼吸をした。 そこで、初めて気づいた。それまで、その体は、呼吸をしていなかったのだ。息を吸い、吐く、と言う当たり前の行為を、していなかったのだ。そして、ゆっくりと、瞼が開く。覗いた水晶のような紫色の瞳が、スザクを睨みつける。 「そこで、何をしてる?」 「いや、来たら、下で、君を起こしてきて欲しいと、言われて」 「…C.C.か…余計なことを」 低く呟いたルルーシュが体を起こし、ベッドから降りる。そして、もう一度、スザクを睨みつけた。 「下へ行け。ナナリーを…」 最後まで言葉が紡がれる事はなく、大きなガラスの砕け散る音が、遠くから響いた。 ![]() 2007/9/12初出 |