*最愛の骨と血-\-*


 吸血鬼とは、死んだ人間が、夜な夜な生き血を求めて、墓から蘇ることを表した言葉。人の血を吸う化物を指す。
 だが、C.C.の系譜に連なる“吸血鬼”は、少し、種類が違った。一般的な認識として人々にもたれているイメージと大差があるわけではない。だが、違うことがある。
 彼らの命が、永遠ではない、と言うことだ。
 吸血鬼は、人間の生き血を吸い続ける限り、ヴァンパイアハンター等に倒されない限り、永久に生き続けるものだとされている。いや、既に、死した存在であるのだから、生きている、と言う言葉は御幣があるのかもしれない。蘇生し続ける、とでも言うのだろうか。肉を再生し、血を巡らし続け、動き続ける。
 しかし、それがない彼らは、それを補うための能力を持つ。
 肉を再生し、血を巡らし続けられなくなった時、同じ吸血鬼から、その能力を奪う、というものだ。ただし、皆が皆この能力を有するわけではない。意思だけでどうにかなるものでもない。
 相手の動きを奪い、再生能力を奪うことで停止させてしまう…それが、彼らの有する能力であり、また、その象徴が、闇夜に光る、赤い瞳だった。


 動きを止めたマオの体の傷口が、再び、開いていく。一度塞がった傷口が、だ。さらに、それに追い討ちをかけるように、ルルーシュの握っていた拳銃が火を吹き、数発、避けられないその体に弾丸がめり込む。
「っ…ル、ルーシュ…!」
「お前は、ナナリーを傷つけた。絶対に、許さない」
「っるさい!何だよ、こんなものっ!!」
 喚いて、マオが肉にめり込んだ弾丸を、爪で掻き出そうとする。だが、焦るその指は血に滑り、弾丸を抓めない。
「何だよ、何だよっ…これっ!」
 流れる血が、止まらない。傷口が、塞がらない。紅く輝いた瞳が、マオから逸らされることはない。
「いやだっ!いやだよっ!C.C.!!」
 マオの叫び声が、部屋の外…スザクのいる場所にまで、響いてくる。勿論、それは、スザクの真後ろに立っているC.C.にも聞こえている。だが、C.C.は動こうとしない。
「ねえ、C.C.また、僕と暮らそうよ…こんなやつら、いいじゃないか…僕には、C.C.だけなんだよっ!」
 悲鳴のような叫びが、苦痛に歪んだ口から発せられる。スザクは見るに耐えられず、拳銃を握った手を下ろし、一瞬、眼を背けた。と、腕が軽くなる。
「マオ」
「C.C.…」
 いつの間に、部屋の中へ入ったものか、その動きを眼で追えずに呆然としていたスザクは、手の中にあったはずの拳銃が消えている事に気づき、周囲へ視線を走らせる。そして、部屋の中を歩くC.C.の、背に隠された右手に握られている事に気づき、急いで部屋の扉を開けた。
 だが、それで制止する言葉をかけられるわけでも、拳銃を奪いに行けるわけでもない。
 この、目の前にいるマオと言う男は、ルルーシュの言によれば“吸血鬼事件”の、犯人なのだから。
「ああっ!やっぱり、C.C.は僕の味方なんだ!」
 傷口から血を流しながら、半狂乱の体で喜ぶマオが、歓喜に腕を広げる。
 C.C.の右手が上り、ゆっくりと、その手に握られた拳銃の銃口が、マオの心臓の上へと、向けられた。


 厚みを失った衣服の間から覗く、白い骨。崩れ落ちた肉片は跡形もなく、ただ、残ったのは、それだけだった。
 握っていた拳銃が手から滑り落ちたのにも気づかないように、C.C.はその衣服の前に膝を折り、拾い上げる。からりと言う音を立てて、骨の欠片が袖から転がり出たのを見て、スザクはようやく、マオが真実、人間ではなかったのだと、思い知った。
 彼は、世間を騒がせた“吸血鬼事件”の犯人で、人ではない存在で、人に仇を成す可能性のあった者だ。なのに、何故、こんなにも、胸がしめつけられるような思いに、駆られるのだろうか。
 一歩、室内へと入り、声をかけることが出来ずに、マオが着ていた服に触れているC.C.を見やり、そして、ルルーシュを探す。
 倒れた棚のすぐ側で、伏した彼に近づく。
「大丈夫かい?」
 手を貸して起こそうとするが、反応がない。ぐにゃりと、柔らかく重いその体を抱え起こし、背筋が震えた。
 …冷たい。そう。まるで、死人の肌のように。
 温度のない肌は硬く、けれど、柔らかく、まるで、精巧に作られた西洋人形のようだった。
「C.C.!」
「…何だ?」
 未練を手放すように、その手からマオの衣服を落とし、近づいてきたC.C.が膝を折り、ルルーシュの頬に触れる。
「眠っているだけだ」
「え?」
「もう、そろそろ、時間がないということだろうな…」
「どういうことなんだ?」
 逡巡するような表情をし、すぐにその顔を引き締めたC.C.は立ち上がり、落とした拳銃を拾い、ルルーシュの遣っていた拳銃を拾い上げ、その二丁をスザクへと渡した。
「お前には関係ないことだ。これは、持っていけ」
「けど、こんな…」
「お前は人間で、我々はお前たち人間を喰いものにしている、吸血鬼だ。それは返す。いつでも、好きな時に、殺しに来ればいい。どうせ、ルルーシュもそのつもりなんだろう」
 重い、二丁の拳銃。それは、殺めるためだけに、命を奪うためだけに造られた物の、重みだった。抱えあげたルルーシュの命と、変わりなく…
「たまたま、今回は標的が同じだっただけだ。ルルーシュと、お前たちとの。今後、共闘することもなければ、同じ道を歩むようなこともないだろう」
 割れたガラス。壊れた棚。壁に穿たれた弾痕。まるで、これが現実の話ではないかのような言い方をするC.C.に、何も言い返せずに、渡された銃を握る。
「私たちは狩る者で、お前たちは狩られる者だ。それは、覚えておくといい」
 冷たい、言葉だった。


 吸血鬼を殺す事が出来ると証明された、十二分に残っている弾丸と二丁の拳銃が、スザクの目の前にあった。
「どうしたの、スザク君」
「セシルさん」
「何だか、思いつめているようだけれど…」
「僕、何で、信じたのかな、って」
「何を?」
「その証言が本当かどうかなんて分からないのに、最初から、疑わなかったんです。疑ったふりをして、本当は、心の底から信用していた。それって、何でなんでしょう?」
「疑う必要が、なかったからじゃないの?」
 視線を同じにするためか、側にあった椅子を引いて座ったセシルが、柔らかく笑う。
「信用に値する人だ、って、スザク君が信じたからじゃないかしら?嘘をついたり、欺いたりする人じゃない、って」
「僕が?」
「そう」
「…でも、それじゃあ、軍人失格ですよね。普通、疑ってかからないといけないのに」
「そうね。軍人としては失格かもしれないけれど、人を信じるって言うことは、簡単そうで難しい…誰にでも出来る事じゃないと思うから、人としては、正しいんじゃないかしら。例え裏切られても、信じた自分に誇りがもてるなら」
 裏切られたわけではない。けれど、まるで、見捨ててしまったような気がしてしまっている。自分の方こそが、裏切ってしまったような気がして。
「すみません、セシルさん。僕、行かないといけない所があるんです」
「ロイドさんに、許可、貰ってね」
「はい」
 弾丸と拳銃を持たないまま、スザクは立ち上がり、走った。












2007/9/24初出