*渇望する精神、その憧憬-]-*


 この上なく嫌悪するものに出会った時のような表情で、ルルーシュは顔を背けていた。そんなルルーシュを見ながら、それでもシュナイゼルは気を悪くするでもなく、微笑んでいる。
「交渉をしたんだ」
「何の?」
「ブリタニアの持っている“吸血鬼”に関する、入手できるだけのデータを全て、抹消してほしい、と」
「で?何を代わりに?」
 ブリタニアの持っている“吸血鬼”に関するデータ。それは、現皇帝が執着する“永遠の命”のデータだ。それは、ルルーシュやC.C.だけでなく、他の“吸血鬼”達の安住の地を、脅かす事になるかもしれないものだった。
「君の、騎士の地位」
「…何、だと?」
 スザクの言葉に、ルルーシュが動揺したように声を震わせ、その視線を初めて、真っ直ぐシュナイゼルへと向けた。
「彼から話を聞いて、もし、君の騎士にしてもらえるのだったら、今ここにある、これを、君たちに渡そう。コピーも何もない。これが、大本だ」
 そういってシュナイゼルが取り出したのは、数枚のディスク。その中に、ブリタニアの“吸血鬼”研究の成果が収められているのだろう。
「…正気か?」
「勿論。私は、皇位継承権に興味はないし、無論、父やクロヴィスの研究していた“永遠の命”の取得にも、全くの無関心といえば嘘になるだろうが、執着があるわけじゃない。それよりも、これから先、自分の全てを、君に捧げられると言うのなら、これほどに幸せな事はないと思うよ」
 心の底からそう思っているように、穏やかに微笑む男の真意が汲めずに、ルルーシュは眉根を寄せる。そして、一つ溜息をついた。
「俺は、騎士を作る気はない」
「僕を騎士にする時も、そう言ったよね。どうして?」
 ルルーシュの言葉に、スザクが言う。そう。確かにあの時…スザクを騎士にする以前も、そう言っていた。
 逡巡したルルーシュが、口を開く。
「俺は、もう死んでいる、一度。死人に、生きている者をつき合わせて、どうする?無駄な事だ」
「でも、君は僕を騎士にしてくれた。それは、どうして?」
「それは、お前が………いや、何でもない」
「何?何で言いかけて止めるの?」
 言葉を切りながら、顔を背けたルルーシュの手に触れる。
「どうして、僕を騎士にしてくれたの?あの時側にいたのが偶々、僕だったから?」
 まるで、傷ついた小鳥を包み込むように、指先を包み込む。
「僕は、後悔してない。一つも。あの時、君の騎士になりたいと思った自分を。君の騎士になれた自分を。なのに、どうして今も君は、そんな風に呵責に耐えてるんだ?」
「人一人の、人間として死ねるはずの生を奪い取っておきながら、後悔しないでいられるか!?俺は、後悔してる。あの時、死にたくないとC.C.に手を伸ばした自分を!あのまま死んでいれば、家族と一緒に死ねた。ナナリーを二度失うことになどならなかった!」
 スザクの手を振り払って怒鳴るルルーシュを見て、スザクは、静かに口元に笑みを刷く。
「そんな君だから、僕は騎士になったんだ。だから、もういいよ。そんな風に、思わなくて。僕は、満足してるから」
「満足…だと?」
「君の側にいられて、僕はとても幸せだから」
「何を…馬鹿なこと…」
「全然、馬鹿なことなんかじゃない。だから、僕は、そんな風に死ぬ事ばかりを願う君を死なせないためなら、何だって出来る」
 スザクの言葉を訝るルルーシュの手に、何かが触れた。その瞬間、ルルーシュの体から、力が抜けた。


 “サクラダイト”。吸血鬼の特殊能力を、無効化する鉱物。それで作られたブレスレットを、ルルーシュの腕に嵌め、スザクは、ナイフを取り出した。
「スザク…お前…」
「憎んでくれていい。恨んでくれていい。それでも僕は、君に死んで欲しくない。君を守るためなら、何だってする」
 ナイフが一閃し、ルルーシュの手首を切りつける。再生能力を奪われたその傷口からは、後から後から、赤黒い血液が滴る。
「っ…やめろ、おい、スザク!」
 傷ついたその手首を引き、シュナイゼルの眼前へと持っていく。
「君が、いつだって死にたがっていたのは、知っていた。でも、ナナリーが言ったから、君はいつも踏みとどまっていた」
『…私の、分まで、沢山、生きて、下さい…』
 最後の我侭だと言って、そう残した妹の言葉に、いつも、踏みとどまっていた。もう一度受けた生を、いつでも悔いていたけれど。
「君は、絶対見捨てられない。君の血を受けた騎士は、君が死ねば、後を追うように、死ぬから」
「…知っていたのか?」
「C.C.に聞いたんだ。もしもそれを聞いてなければ、僕もこんなことは、しなかったと思う。けど、君は、もし騎士が僕だけなら、死んでしまうかもしれない。なら、騎士を増やせばいい。そうすれば、君は、死ねなくなる」
「やめろっ!」
 ルルーシュは、渾身の力を振り絞って、スザクの手を振り払おうとする。だが、吸血鬼であるルルーシュと同等の力を有する騎士であるスザクと、今は“サクラダイト”でその力を奪われているルルーシュとでは、その差は歴然としていた。
「っ…くっ…スザクっ!!」
 それまで傍観していたシュナイゼルが動き、差し出されたルルーシュの細い指先を辿り、傷ついた手首へと触れる。
「この血を飲めば、私は彼の側にいられるのかな?」
「側にいられる…ではなく、離れられなくなるんです。どこにいても、何をしていても、ルルーシュが呼べば聞こえる。ルルーシュの血が、呼ぶ。それには、逆らえない」
「それは、願ったり叶ったり…というのかな、この国の言葉で」
「そうですね」
 ルルーシュは、淡々と言葉を紡ぎながら微笑んでいるシュナイゼルへと、鋭い視線を向ける。まるで、憎悪を含むような、苛烈な視線だった。
「貴様…本気か?」
「言ったはずだ。私は、君が好きなんだ。初めて写真で見た時から、ずっと。そう…君のその、鋭い眼に灼かれると、歓喜すら覚えるよ」
「…この…変人が…!」
 白い肌の上を伝う赤黒いその色は、決して、食欲をそそるような色はしていない。だが、それでも躊躇なく、シュナイゼルは血の溢れる傷口へと、口づける。
 喉を転がり落ちる血を、この上なく美味な酒のように感じながら、シュナイゼルはゆっくりと眼を閉じた。


 白い腕が絡みつき、赤い唇が首筋に触れる。そのまま、その肌を食い破る白い牙の先、傷口から溢れ出る、紅く赤い血液を舐める舌と、嚥下する喉が、鳴る。
 柔らかい黒い髪に指を挿し入れて撫でていると、甘えるように、舌が傷口を舐める。
 髪を梳いていた指を首筋へと滑らせ、シャツの襟元へと忍ばせる。そのまま、隠されている白い肌へと触れて、ボタンを一つ寛げると、流石に鋭い眼差しが、見上げてきた。
「何してる」
「いや…つい、ね」
「つい?お前は、毎回同じ言い訳をするな、シュナイゼル。まだ、言い訳をしないだけ、スザクの方がましかもしれないぞ」
「彼は、しないのかい?」
「しないな。悪びれなくそのまま、ことを進めようとする」
「では、私も彼に倣ってみようか」
 言いながら、もう一度肌に触れれば、別の手が、シュナイゼルの手を払う。
「で?何あなたは当たり前みたいにルルーシュに手を出してるんですか?」
「手を出されているのは私だよ。噛みつかれて、のしかかられているのだから」
 横になって本を読んでいたシュナイゼルの上に、突然ルルーシュが降って湧いたように乗り、何の前触れもなく、牙を突きたてた。床の上には、読んでいた本が落ちている。
「ルルーシュ…」
「何だ?その顔は。いいだろう?俺の騎士に、俺が何をしようと。お前の血は、一昨日吸ったしな」
「確かに、誰でもよかったんだけど、やっぱり人選を間違えた気がする」
 嘆くスザクの言葉を聞きながら、シュナイゼルは、人の悪そうな笑みを口元に浮かべる。そんなシュナイゼルから離れたルルーシュは、スザクを手招く。
 近づいたスザクの頭を抱え込むようにして、呟いた。
「おかえり」







第二部完、です。
シュナイゼル様まで騎士になっちゃいました。何故…
こんな予定ではなかったはずなのに…いやいや、何が起こるかわからない。
ま、予定は予定で、未定ってことです。
結局スザクはルルの本心を未だに聞き出せていません。
本編を続けるかどうかはまだ分かりませんが…
えにょも書きたいので、番外編をいつか…と思っています。
スザルルとシュナルルとどっちがいいだろうか…(悩)






2007/11/28初出