*渇望する精神、その憧憬-U-*


 水の滴る音が連れてくる、耳鳴りにも似た幻聴。耳の奥で木霊する、懐かしい声。
髪の先から落ちる雫が、無残にも白い石の上で弾け、その声を掻き消した。
苛立たしげに髪をかきあげ、浴槽の内側へと入れてあったカーテンを引くと、何時の間に用意されていたのか、下着と服が綺麗に畳まれて、置いてあった。
それを身につけ、浴室を出ると、待ち構えたように、広げてある紙を片付けている姿があった。
「で、何か分かったか?」
「とりあえず、順を追って説明するよ」
 綺麗に片付いたテーブルの上には、温かい紅茶が乗っている。この味がようやく最近、ましになってきた。最初の頃は、それこそ苦いし渋いし、一体何分ポットを置き去りにしていたのだと言う、酷い味だった。どんなに良質な茶葉でも、皆駄目にしてしまうそれは、一種才能だとさえ思った。
 恐る恐るといった風に、ティーカップに手を伸ばし、紅茶に口をつける。一つ溜息をついて、側にあった砂糖の入った壷を引き寄せた。
「駄目だった?」
「ああ」
 角砂糖を二つ入れ、ティースプーンで掻き混ぜる。味を甘くしなければ、呑めたものではなかった。
 そんなルルーシュを見ながら、今度はスザクが溜息をつく。一体、何年経てば、紅茶の入れ方に及第点をもらえるのだろうか、と。


 世界の三分の一を支配している、超大国、神聖ブリタニア帝国…皇暦を用い、実力主義で統治を進める彼の国が、かつての日本、現イレブンへと侵略を開始したのは、一年近く前のことだった。それまで友好関係を結んでいた両者の関係は、一つの物質が発見されることで、破綻した。「サクラダイト」と呼ばれるその物質を欲したブリタニア帝国軍が、日本へと侵攻を開始。数ヶ月の攻防の末、日本はあっけなく陥落、ブリタニア帝国の統治の下、名前を奪われ、エリア11と呼ばれ、日本人はイレブンと呼ばれるようになった。
 「サクラダイト」が見つかるまでの両国は友好関係を保ち、中華連邦から地位を脅かされている日本を、ブリタニア帝国軍が駐屯し、守っている時代もあった。だが、既にそれは、遙か昔の話だ。
 しかし、日本は負けたにも関わらず、他の国では中々見られない現象が起きている。それは、レジスタンスやテロの活発化だ。ブリタニア帝国の統治下に置かれた国々は武力を奪われ、抗戦する意欲を奪われる場合がほとんどだった。だが、日本の一部には、いまだ、ブリタニア帝国に反旗を翻そうと、虎視眈々と狙っているレジスタンスや、テロ組織が数多く存在している。
 そして、現在この日本―エリア11を統治しているブリタニア皇族第三皇子、クロヴィス・ラ・ブリタニアに、それらレジスタンスやテロを抑えるだけの、カリスマ性や戦力は、実質ないに等しい。ために、野放しになっている状態とも言え、ブリタニア人が住む租界と呼ばれる地域と、イレブンが住まうゲットーは区別されているにも関わらず、テロの被害などは、少しずつではあるが、租界に近づきつつあった。
「と、まあ、この辺までが、今のこの国の現状、かな?」
「そうか」
「気になってたんだけど、ルルーシュと苗字が一緒だよね?この、ブリタニア帝国の、皇族」
「ああ。多分、子孫だろうな」
「へぇ〜」
「昔は、英国の一地方貴族だった。一度は衰退していたはずだが…何をどうやって、世界を動かすほどの力を得たのか…不思議だな」
「じゃあ、ルルーシュも貴族だったんだ?」
「一応な。末端にぶら下がってただけだ」
 不味そうな顔をして紅茶を飲み干し、カップをソーサーの上に置くと、立ち上がる。
「何処に?」
「口直し。ワインでも持ってくる。パソコンを立ち上げておいてくれ」
 部屋を出て行く後ろ姿を見送り、部屋の片隅にある机の上で鳴りを潜めているノートパソコンを移動させ、電源を入れる。
 スザクがルルーシュと出会った時には、これほどまでにコンピューターの技術が盛んではなかった。だが、数十年も経れば技術は進化する。今では、パソコンでテレビが見ることのできる時代にまで、なっている。そして、ルルーシュはまるでスポンジが水を吸収するように、次から次へと知識を得て、パソコンに関する知識と技術は、スザクを追い抜いてしまった。
 何十年も眠っていた間に進んだ世の中の知識を、取り戻し得ようと、必死なのだろう。
 それにしても…
「そんなに、不味かったのかな…」
 カップの底に残る砂糖の残骸を見ながら、スザクは再び溜息をつき、意気消沈した。












2007/10/11初出