*渇望する精神、その憧憬-W-*


 大きな音をさせて開閉した扉。次いで、声が響き渡る。
「ルルーシュ!!」
 切羽詰ったようなその声に、紅茶を飲もうとして伸ばした手を引き、億劫そうに立ち上がり、部屋を出る。
「何だ?騒々しい」
 珍しく、慌てているような声に階段を降りていけば、階下の部屋の一室、扉が開いていた。
「何かあったのか?」
 半分ほど開いた扉を全開にして室内に入れば、重厚なつくりのソファに、細く白い体が横たえられていた。
「C.C.?」
 白い、刑務所で囚人に着せられるような拘束具にも似た衣装を身に纏い、気を失っている青い顔。細く、呼吸はしているようだが、口元も白い布で覆われて、窺い知ることは出来ない。胸元が多少上下しているのが、見て取れる程度だった。
「何があったんだ?」
「分からない。ただ、僕が見つけた時には、この状態で…」
「最初から、話してみろ」
 頷き座ったスザクの話を要約すると、こうだった。


 日本−エリア11に着てから数日。必要な物の購入や、現在の国の現状などを知るためには、自分の足で歩くのが一番だと思ったスザクは、ルルーシュが眠っている間に家を出、まず租界に向かった。だが、スザクは元々日本人で、数十年前に成長が止まっているとは言え、今の日本人と外見がそう変わるわけではなく、買い物などもしにくかった。
 そこで、実際、日本人−イレブンが、一体どう言う扱いを受けているのかが気になったスザクは、ゲットーまで足を運んだ。
 荒廃した大地に花や草が生えることはなく、瓦礫と化したかつての高層建築ビルが倒壊し、またしかかっている間の道とは呼べない道を歩けば、そこかしこから幾つもの視線を感じた。彼らイレブンは皆、隠れて生活しているのだ。いつ、ブリタニア軍がゲットーを壊滅させるための軍事作戦を決行するか分からず、もしも見つかれば、レジスタンスの解体や捜索、その他制裁と言う名目の虐殺行為が行われる事もしばしばらしい。
 レジスタンスやテロ活動に参加していない、一般のイレブンは、息を殺して生活する以外、命を永らえさせる方法はない………崩れかけた壁に、寄りかかるようにして座り込んでいた老人に、聞いた話だった。
 そんな話をしている途中で、慌てたように血相を変えた男が、周囲で隠れているらしい日本人へと、叫んだ。ブリタニア軍が来る、と。騒然とした空気は一瞬、後に恐怖へと転換し、何処に今まで隠れていたのかと思うほどの老若男女が姿を現し、ゲットーのさらに崩壊の進んだ場所へと、逃げるように走り出した。
 地響きにも近い音をさせて近づいてくる軍隊の足音と、戦車のキャタピラ音にも似た音が、ブリタニア帝国軍の使用する、ナイトメアと言う二足歩行人型の兵器だと聞き、逃げるイレブンに混じり、スザクも一応、走った。ここで逃げなければ、変に疑われると思ったからだった。
 その最中、奇妙な動きをするトラックを見つけたのは、偶然としか言いようがない。租界方面から走ってきたと思われるそのトラックは、道を蛇行しながら走り、何故か、ナイトメアに追われていた。ならば、運転しているのは日本人…スザクは逃げる人々の群れから離れ、そちらのトラックの走る方向へと、足を向けた。
 人ではありえない速さでトラックを追跡し、ナイトメアの攻撃によって足止めを食らったトラックから、運転手を含め、二人の日本人が逃げるのを見届けたスザクは、攻撃を仕掛けたナイトメアがトラックへと近づく前に、トラックの荷台が開き、中に、白い何かが入っているのを確認した。
 入っていたのは、卵にも似た丸くて白い、カプセルだった。それが、音を立てて白い煙を吐いた途端、そのナイトメアは後ずさり、その場から撤退した。一体何事かと思ったスザクはそれに近づいた。
 そして、何故か、開いたカプセルから出てきたのが、C.C.だった。
「何でだ?」
「知らないよ。でも、ブリタニアはあのトラックを追っていたみたいだったし、そのトラックを運転していたのは日本人だった。だから、元々はブリタニアのトラックだったのを、日本人…の、レジスタンスか何かが、奪った…って所じゃないのかな?そうじゃないと、説明がつかないよ。もしも、請け負って仕事をしていたなら、ナイトメアに追われる理由がない」
「確かにな」
「それに、その間にテロが起きたり何だで、ゲットーは一時騒然としてて、かなりの数の日本人も殺されたって聞いたから…もう、何が何だか…」
 そして、あんな手紙をルルーシュに出してきたC.C.が、まるで拘束されたような形で転がり出てきたことに驚いたスザクは、急いで連れ帰ろうとした。だが、そこへ、再度ブリタニア軍がやってきた。それも、銃口をスザクへ向けて。
「C.C.を返せって言ったんだ」
「ブリタニア軍に、捕らえられていたと言うことか?」
「そういうことに、なるんだと思う。それに、見られたからには、証拠隠滅をどうの、って言ってたから、何か、機密事項なんじゃないかな?トップシークレットなら、ナイトメアが回収せずに引いた理由にもなりそうだし」
「で、その後は?」
「銃を向けてきたからね…何処かへと連絡を取っていたみたいだし、もしも、あのナイトメアみたいなのに来られたら、丸腰だから何も出来ない。仕方なかった」
「殺したのか」
「…見られたからね。こっちも、見られたら困るでしょ?それに、C.C.の状態も気になったから」
 いまだ、昏々と眠り続けるC.C.の顔色は、ここに連れてこられたばかりの時よりは、幾分よくなっているように見えた。
「詳しい話は、明日だな。C.C.の回復状態によっては、さらに後になりそうだが…とにかく、もうすぐ朝が来る。俺も、こいつも、眠らないと」
「じゃあ、上へ運ぶよ」
「そうしてくれ」
 C.C.を抱えたスザクが部屋を出て行くのを見ながら、ルルーシュは、欠伸を噛み殺した。
 そして、その日の朝のトップニュースは、ブリタニア皇族第三皇子、クロヴィス・ラ・ブリタニアの、訃報だった。


 白く、長く続く廊下。リノリウムの床は、病院の廊下を思わせる。それは、そこに漂う薬品臭さも、手伝っているかもしれなかった。
 幾重にも張られたセキュリティ。通過できるのは、許可証を持っている人間に限られる。
「あちらの研究所からの連絡は!?」
「まだありません。到着の報も、まだ」
「本国にここの存在が知れたから、急いで移すようにとの命が…あちらならまだカモフラージュも出来た。だが、クロヴィス殿下が亡くなられた今、この研究所の解体は必至。あちらもどうなることか…」
「シュナイゼル殿下に、お話しすると言うのは…」
「正直にお話して、庇護してもらえると思うか?本国に隠れて研究を進めていたのだぞ」
 絶望に満ち満ちたその場に、通信を知らせるランプが灯る。緊張した面持ちで、責任者と思しき男が、通話ボタンを押した。
「はい」
 絶望に暗く落ち込んでいた男の顔に、少しばかりの光明が差し込んだかに、見えた。












2007/10/17初出