*渇望する精神、その憧憬-X-*


 声高な演説は、滑稽なほどに、作られたものだった。死を悼む場であるはずなのに、その悼まれるはずの死すら、ブリタニア帝国のプロパガンダとして利用されている。
 平等を悪と叫ぶその演説を、録画された映像で見ながら、確かに…と思われる。例え、ブリタニア帝国が介在しようとしなかろうと、人は生まれ出る国を、時代を選べず、与えられた天賦の才にも差が生じる。男女の別もあり、年齢の別もある。それで、どうして平等と言えようか。それが悪だと言うのなら悪だろう。だが、だからといって、その不平等を利用して、さらにその不平等を深め、困惑を世界に与えていい理由にはならないだろう。
 長々と続いたブリタニア帝国皇帝の演説の後、ようやくしめやかに行われる葬儀。クロヴィス・ラ・ブリタニアの訃報から半日とせず執り行われたそれは、まるで、その死を予期してでもいたかのように、着々と不手際なく、進められた。
 そして、すぐさま、エリア11の空いた総督の椅子に、クロヴィスの兄、シュナイゼル・エル・ブリタニアが着任、既にエリア11に入っていたシュナイゼルの手腕は、クロヴィスの葬儀の後、すぐさま発揮された。
 それは、ゲットーに潜伏する、レジスタンスの一掃作戦と言う形を以って。


 ゲットーに潜伏するレジスタンスの一掃及び、無辜なイレブンの保護と市民登録−その号令が、シュナイゼル第二皇子の命でブリタニア軍に発せられたその時、スザクは、C.C.を見つけた場所へと、立ち戻っていた。
 ルルーシュやC.C.と違い、昼と夜の区別も必要なく、眠りも訪れない彼には、一日中の活動が可能だった。もう、何十年と、眠っていない。それを、疲れとも思わないのだから、奇妙な体になったものだと、本当に思う。
 C.C.を見つけた場所には、スザクの倒したブリタニア軍兵士の姿は、なかった。既に、回収されたのだろう。そして、C.C.が入っていたはずのカプセルと、それを運んでいたトラックの影も形も、なくなっていた。あるのは、コンクリートの地面へと染みこんだ、血の跡。
 これでは、何か痕跡を辿ろうにも、辿れるわけがなかった。そして、その血の跡すらも、まるで洗われたように、薄くなっていたのだ。眼を凝らさなければ、見えないほどに。きっと、証拠隠滅を図ったのだろう。それほどに、ブリタニア帝国にとって、重要な事だったとでも、言うのか…
 一体、この国で今、何が起きているのか…C.C.の寄越した手紙、身を隠せと言う危険信号を無視してやってきてはみたものの、こうなったら、一国も早く、ブリタニア帝国に支配されていない国々へと逃れるしか、術はなさそうに思えた。逃げるとすれば、中華連邦かEUしかないが…
 巡らせていた考えを中断するような、断続的な銃声。それは、軍人時代に聞きなれた、あまり耳障りのいい音とは言えない音だった。
 その場から離れ、人並み外れた身体能力で以って、一息に崩壊しかかったビルの上へと登りきる。眼下に見下ろせる廃墟群の中に、ブリタニア軍が、侵攻を開始していた。既に、攻撃を仕掛けられている場所も、あるように見受けられた。
 ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、ニュースを見ると、ブリタニア軍がゲットーに潜むレジスタンスの一掃と、その他一般のイレブンの保護に乗り出したと流れている。
手荒で非人道的だが、廃墟ごと壊滅させれば手っ取り早いと思われるその作戦を取らないのは、ゲットーや租界周辺以外の、エリア11に散らばる、様々なレジスタンスを刺激しないためだろう。レジスタンスやテロ活動に関わりのないイレブンを保護することで、ブリタニアの懐の深さを知らしめ、テロ活動拡大を防ぐ目的もあると思われた。
西に傾いた大きな赤い太陽が、硝煙と血煙の立ち上るゲットーを、橙色の光で包んでいく。それを見、何もできない自分に歯噛みしながら、スザクはその場を後にした。


 帰り着いたスザクを迎えたのは、冷え切った居間の空気だった。歩く、自分の足音だけが響く。と、奥から、C.C.が顔を見せた。
「ああ……お前か」
「眼が覚めた?」
「久しぶりだな。やっぱり、騎士になったのか?」
「うん」
「それで、ここは何処だ?」
「ブリタニア帝国の、エリア11で、今住まいにしてる、租界の外に広がる森の中にある、家だよ。多分、昔の遺物なんだろうね」
「…そうか」
「ルルーシュには、会った?」
「いや。会ってない」
「もう、起きてるでしょ?」
「姿は見てないぞ。出かけたんじゃないのか?」
 言われて、日付を思い出す。毎年、毎年、この日には…
「そうか。忘れてた」
「何だ?」
 C.C.の不思議そうな表情に、スザクは苦笑し、壁に掛かっているカレンダーを指差した。
「ナナリーの、命日。多分、花を買いに行ってるんだと思う」
「ああ、そうか…」
「毎年、欠かさずにね。ナナリーの眠っていた棺は、残ってるんだ。必ず、持って移動してるから。その中に、花を手向けてる」
「ルルーシュらしいといえば、らしいか」
「何か、飲む?とは言っても、コーヒーしか入れられないけど」
「何でだ?」
「紅茶は、まだルルーシュに及第点をもらってなくて。下手なんだ、入れるの。物凄く苦くしたりしちゃって、毎回怒られる」
「なら、コーヒーを貰おう」
 厨房へと行って、コーヒーを二人分入れる。そして、戻ってきたC.C.は、居間にあるテレビに見入っていた。ニュースは、相変わらずのように、ゲットー一掃の続報を伝えている。
「何故、この国へ来た?」
 コーヒーカップを受け取りながら、C.C.の琥珀色の瞳が煌めく。それは、責めている色を帯びていた。
「君から送られてきた手紙が、気になって、ルルーシュが行くと言ったんだ。何から身を隠せばいいのか分からなかったし。何が、あったんだ?」
「詳しい説明は、ルルーシュが帰ってきてからの方がいいだろう?二度手間になるからな」
 C.C.の座っていたソファの正面のソファに腰を下ろし、スザクは自ら入れたコーヒーに口をつけた。砂糖もミルクも入れないそれは苦かったけれど、C.C.も普通に口をつけているから、いいのだろうと、心の中で頷く。
「…一つだけ言えるのは、我々が狙われていると言うことだけだ」
「え?」
「我々、“吸血鬼”が、ブリタニア帝国に狙われている。軍ではない、帝国そのものに、だ。理由は分からないが…」
 テレビの中のキャスターは、相変わらず続報を伝えていたが、多少興奮気味に、ゲットーに潜伏していたレジスタンスの一派を殲滅することに成功したと、口にした。












2007/10/29初出