*渇望する精神、その憧憬-Z-*


 何故、一人おめおめと、生き延びてしまったのだろう。
 あの時、手を伸ばしさえしなければ。
 一緒に、何も知らず、死ねていたのかもしれないのに。


 一口だけ口をつけたグラスを、テーブルの上に置く。
「何故、俺に?」
「逢いたかったのか、と?勿論、初恋だったからだろう」
「………は?俺は、男だが?」
「まあ、最初見た時は女性と思ったのだが、男だと分かってからも、その思いが褪せることはなかった」
 ルルーシュは、少しだけ、肩を引いた。この男、何を言っているんだ、と。それが空気で分かったのか、シュナイゼルは肩を竦め、持っていたグラスを置いた。
「そう、引かないでくれるといいのだが…綺麗だと思ったんだ。純粋に。男とか、女とかと言う性の括りではなく、孤高の美しさとで言おうか…まるで、見た者を焼き殺しでもしそうな視線の強さが、美しいと思った。だから、惹かれた」
「変な初恋だな」
「そうだね。だが、事実だ。そして、私はこの写真の人物が誰なのかを、調べに調べた。何処にも、経歴が載っていない。ブリタニア皇族の血筋なのかと辿っても、見つからない。ならば貴族かとも思ったが、それもなかった。無理もない。ブリタニアが皇族として国を治める前のものだったのだから」
 百年以上も前。ブリタニア家がまだ、英国の一地方貴族として、細々と生活をしていた時代、治める領地の中で、事件があった。
「“吸血鬼事件”と呼ばれたその事件の記述に、当時の領主家族の写真が載っていた」
 大量に、血液を失って人々が亡くなる病が蔓延した。穴と言う穴から血液が流れ出す、奇異の病だった。現代医学で解き明かせば、それはただの流行り病だったのだろう。だが、医学の発展著しくない当時の人々は、そうは考えなかった。祟りだ、呪いだ、魔術だと、見えないものへの恐怖を抱き、死への恐怖に怯えた。
人々は考えた。強固な壁に囲われている領主の城の中ならば安全ではないかと。そして、村人達は大挙して城へ押し寄せた。だが、病が城の中へと入り込む事を恐れた領主は、村人を決して城の中へは入れず、締め出してしまった。家族や家人を守ろうと言う、防衛策だったのだろう。
「だが、村人達はそれに憤激し、決起して領主家族を殺してしまった。その後、“吸血鬼事件”は収まったと言うが、丁度季節の変わり目であったから、その病のウィルスが沈静化しただけなのだろうね」
 ルルーシュの顔色が変わったことに、自分の推測が正しいと自信を得たのか、シュナイゼルは一度置いたグラスを、再び手に取った。
「だが、話はここで終わらなかった。その後、領主一家の死体を埋葬した墓地が、荒らされていた。そして、二人分の死体がなくなっていた。なくなっていたのは、領主の息子と娘のものだった。息子の名前が、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、娘の方が…」
「もういい。そこまで分かっていて、俺をここへ連れてこさせた理由は何だ?」
 ルルーシュの瞳が、鋭く細められる。それを正面から受け止めて、シュナイゼルは軽く、グラスを傾けた。
「言ったはずだ。私は、逢いたかった。恋い焦がれた君と逢って、話をしたかった」
「ならば、これで終わりだ。俺は帰る」
「まだ、話は途中だ」
 傾けたグラスの中身を飲み干し、シュナイゼルは立ち上がろうとしたルルーシュを遮るように、テーブルの上へそのグラスを滑らせた。
 落ちる…と言う寸前、手を伸ばしたルルーシュはそれを床の上で取り、テーブルの上へ戻す。
「父の私設研究所…それが何であったか、何故そこに君の写真があったか、理由を知らなくいいのかい?」
「聞いて、意味があるとは思えない」
「いや。あると思う。何せ、あそこで研究されていたのは、“永遠の命”を得るための、研究だったのだから。心当たりがあるだろう?」
 “永遠の命”の研究、百年以上前に亡くなった人間の写真、“吸血鬼事件”………“吸血鬼”の研究。
「…貴様っ」
「弟のクロヴィスは、父の研究所と同じものをこの国に造り、秘密裏に研究していた。先ほど、その研究所からの研究結果を全て私の手元へ報告させ、関わった者達は皆、捕らえた所だ。明日にでも、処罰を下すつもりだ」
「何の為に、俺をここへ呼んだ?」
「C.C.と言う少女。彼女の行方を教えて欲しい」
「…何、だって?」
「C.C.と言う少女を、クロヴィスは捕獲し、研究していた。だが、クロヴィス殺害のテロがあった同日、この政庁地下深くにあった研究所の存在が本国に知れ、少女を別の研究所へ輸送していたトラックが、レジスタンスに強奪された。後にブリタニア軍が回収したが、その中に、少女の姿はなかった。自らの足で逃亡を図ったか、仲間がいたか…どちらかしかない」
「それで、何故俺を?」
「我々は…と言っても、父とクロヴィスだけだが…ずっと、探していた。“永遠の命”の取得方法を。ならば、それに繋がる者を、片端から捕獲していけばいい」
「っ…!」
「今、確認できている“永遠の命”保持者は、君と、彼女だけだ。他にもいるのだろうが、確認が取れない。何か、繋がりがあると考えても、おかしくはないだろう?」
 穏やかな表情で、冷たい瞳で、淡々と言う男に、ルルーシュは急いで立ち上がり、扉へと走った。だが、勿論、そこには鍵がかかっている。無理矢理に壊そうとドアノブに触れた途端、まるで、電流が走りでもしたかのように、体が崩れ落ちた。
「君達を、便宜上“吸血鬼”と呼ぶが…“吸血鬼”に、この国で採取される“サクラダイト”が有効だと言う研究結果が報告されている。何が、どう作用するのかは今の所不明だが、これからの研究で明らかになるだろう。人間には無害だが、君たちには有害なこの“サクラダイト”を、先日、そのドアノブや、この部屋の至る所へ少しずつ、設置してもらった」
「………最初から、そのつもりで…俺を、モルモットにする気か?」
「いや」
 男は、優雅とも言える足取りで、ゆっくりと近づいてくると、ルルーシュの側に膝を折った。青い瞳が、嬉しそうに細められる。
「君を、手に入れたい」
「だからっ…」
「それは、モルモットと言う意味ではない」
 まだ、少し痺れているのだろうルルーシュの体に触れ、倒れたその体を、起こしてやる。そして、その右手の甲に、触れた。
「初恋だと、言っただろう?それが叶う瞬間に、他の誰かに君を渡す気は、さらさらない」
 まるで、吟遊詩人が恋する貴族の女性に、永遠の愛を誓い歌うように、シュナイゼルは、ルルーシュの手の甲に、口づけを送った。


 月。それを隠す雲。それらを隠すビル群。方向感覚を失わせるような、同じ形状の建物の林立のただ中で、スザクは首を巡らせた。
「ルルーシュ?」
 呼ばれた…ような気がした。いや、気ではない。確かに、呼ばれた。ルルーシュの、声がする。
 頭の中で木霊する声に導かれるように足を進めると、突然目の前に出てきた黒い銃身に、遮られた。
「何だ、お前は!?ここから先は、一般人は立入禁止だ」
 軍服。拳銃。剣。スザクはそのまま、体を一捻りし、足止めをした男二人を昏倒させると、一人の男が持っていた拳銃と剣を取り、そのまま、その敷地の中へと、当たり前のように足を進めた。
 声が、血が、呼んでいる。












2007/11/5初出