*渇望する精神、その憧憬-[-*


 死にたかった。
 ただもう、長い生に飽いていた。
 そして、一人でいることにも…


 解析済みの“吸血鬼”の特徴。食欲、性欲、睡眠欲全て、人と同じく持ち、中でも肉体を保全するための睡眠欲に関して言えば、膨大な睡眠を必要とし、また、食欲に関して言えば、その空腹を満たすのは、人間の血液。性欲に関しては個々人の差があるものの、人間と変わりはない。
 “永遠の命”を持続させるその根源が何かの解析は進んではいないが、傷つけられても肉体が再生する能力に起因するものと思われる………
 頭の中で、羅列されていく、“吸血鬼”の特徴。だが、あの写真で初めて見てから焦がれた青年は、普通の人間と、何ら変わりがなかった。
 “サクラダイト”によって無力化された“吸血鬼”の特殊能力。人間以上の能力を有すると言うその全ての能力を封じ込められ、一般的な成人男子以下の腕力で以って、シュナイゼルに抗おうとしている。
「俺を、この部屋から出せ」
「それは、断らせてもらおう。そして、何度でも言おう。私は、君が好きなんだ。租界の雑踏の中にいた君を見た、あの瞬間…写真を初めて見た時の比ではない、熱が体中を駆け巡った」
 最初はただ、美しいと思った。その感情が、年を経るごとに変容していった。恋しいと、愛しいと、焦がれるようになった。あの、妬けつくような感情。今も、燻っている。
「ふざけるな…」
 怒りに紅潮した頬。紫色の鋭い瞳。白い…牙。
 この牙は、危ない…そう考えた瞬間、二度、部屋の扉が叩かれた。だが、声がかけられることもなければ、足音もしなかった。
 そして、何か、物音。続いて、金属音。大きな音を立てて、ドアが床の上へと落ちた。文字通り、真っ二つにされて。
 部屋は、シュナイゼルの私室だった。勿論、寝起きをする部屋と扉続きの。故に、部屋に入ってくる人間など限られている。見たことのない少年が、剣と銃を持ち、立っていた。そして、その足元には、昏倒させられたと思しき、ブリタニア兵。
 風が、シュナイゼルの耳元を掠めた。振り返れば、背後の壁に、鉛の玉がめり込んでいる。
「ゆっくりと両手を上げて、ルルーシュから離れろ」
 シュナイゼルは、丸腰だった。相手は銃と剣を持っている。逆らわない方が得策だと判断し、ゆっくりと、ルルーシュから手を離して立ち上がった。
 と、見る間に、少年は床の上でぐったりとしているルルーシュのすぐ側へと、辿り着いている。
「ルルーシュ?大丈夫?」
「……遅い。馬鹿」
「うん。ごめん」
 剣の先を、シュナイゼルに突きつけながら、スザクはルルーシュを片手で軽々と、抱える。
「で、貴方は何なんですか?」
「シュナイゼル・エル・ブリタニアと言う。現在は、このエリア11の総督だ。君は、イレブンだね?」
「違います。ルルーシュの、騎士だ」
「騎士?」
「スザク…」
「何?」
「耳元で、わめくな。五月蝿い」
「あ、ごめん」
 ずるずると、スザクの肩から腕にかけて頭を落としていくルルーシュの肩へと腕を回し、もう一度肩へと頭を寄りかからせる。その方が、楽だろうと思ったからだった。
「ルルーシュに何を?」
「少し、話をね」
「話をしていて、どうしてこういう姿勢になるのか、是非教えて貰いたいですね」
 剣先が動き、シュナイゼルの喉元まで迫る。だが、その剣先が喉元に近づくより先に、スザクの手から、剣が落ちた。
「っ…ル、ルーシュ…いたっ…」
 ルルーシュの牙が、スザクの喉元に食い込んでいた。
「痛いってば!ちょっ…」
 赤い舌が、より赤い血を舐め取り、満足したように唇が笑む。
「美味い」
「それは、どーも…痛いなぁ、もう」
「慣れてるだろ」
「慣れません、って」
 落ちた剣を拾い、少し回復したらしいルルーシュに肩を貸して立ち上がる。
「帰るぞ、スザク。こんな所一秒だって、御免だ」
「うん。跳べる?」
「…無理だ」
 深々と溜息をついたルルーシュの体を背負うようにし、腕を肩へと乗せる。
「ちゃんと掴まっててよ」
「ああ」
「殺したら後が面倒だし、犯人にされるのも嫌だから、このまま帰りますけど、二度と、ルルーシュに近づかないで下さいね」
 言い様、スザクは握っていた剣を、シュナイゼルの足元へと突きつける。そして、そのまま、部屋の窓を開けると、ルルーシュを背負ったまま、そこから身を躍らせた。
 急いでシュナイゼルが窓枠から身を乗り出すと、もう、その姿は夜の闇の中へと消え、確認できなかった。
 残されたのは、一枚の写真と、剣、そして、白とピンクの花束だった。


 血に濡れた唇と赤い舌、徐々に紅潮していく白い肌、本能のままに血を呑むことに恍惚とする、潤んだ紫色の瞳。
 それが、シュナイゼルの頭から、離れなかった。


 広い浴槽の中で、当たり前のように沈んでいるルルーシュの腕を取り、泡立てたボディソープがたっぷりついたスポンジで擦る。
「で、何があったの?」
「…いきなり招待された」
「それで?」
「昔の話を、してきただけだ」
「昔の話?」
「俺が、まだ、人間だった頃の…母上も父上も健在で、ナナリーも健康的だったわけじゃないが、眼も足も、当たり前に見えて歩けて…その頃の、話だ。ああ、花束を、置いてきてしまったな」
「明日、一緒に買いに行こう」
 子供のように、されるままになっていたルルーシュの腕が上り、濡れた指先が、スザクの頬へと触れた。
「スザク…」
「うん」
 寂しいから、悲しいから、触れてくる。軽く、優しいキスをする。
 一度も、気持ちを伝えずに、ずっと、主従の関係を保ってきた。だから、ルルーシュは知らない。スザクが、どうして自分の騎士になったのかを。何故、なろうと思ったのか、その、本当の理由を。
 同情から、長く続く関係ではない。そのことに、気づかない。見捨てられないから、一緒にいてくれるのだと、そう、思っている。そして、スザクもまた、その関係を、打破しようとはしない。
 優しいキスと触れ合いで、側にいることができる。もう、今更伝えた所で、どうしようもないのだと。
 まだ、彼の傷は癒されない。大切な家族を失った、その傷は。
 触れるだけのキスは、少し、冷たかった。












2007/11/5初出