*生得の重き腐敗-]-*


 再生能力を有する吸血鬼を殺害する有効な方法は、首を切断して、二度と再生できない場所へと首と胴体を離すこと、或いは、その心臓を取り出して、灰になるまで燃やし尽くすか………
 だが、“始祖”と呼ばれる吸血鬼にもその手段が有効かどうかは今現在の所、不明。


 破れて血の付着したシャツを脱いで、ゴミ箱へと直行させる。そして、クローゼットを開けて真新しい白いシャツを着る時には、肩に空いていた傷口は、綺麗に塞がっていた。
 一体、何が目的でルルーシュの肩へと傷を抉っていったのか。己を始祖だと言うのならば、吸血鬼の再生能力の事を知らないわけでもないだろう。また、その傷が致命傷になってルルーシュの命が終わるわけでもないことも知っているだろう。それでも、傷を抉っていったと言うのならば、ルルーシュを殺す以外に、何か目的があったのだと考えるのが妥当だろう。
 V.V.と名乗った少年。外見年齢は、C.C.よりも大分年下に見えた。だからといって、必ずしもその外見年齢でどちらが年上か、の判断は、吸血鬼には無意味だ。
 部屋の扉がノックされる。ボタンを留め終えて扉を開けば、穏やかな笑顔を張り付かせたシュナイゼルが立っていた。この男の笑顔が、いつも作りもののように見えるのは、その出自故か…
「何だ?」
「お客様が来ているよ」
「客?」
「以前にクロヴィスの研究所の資料で見た、C.C.という少女」
「タイミングがいいな。まるで、見計らったように」
 憎々しげに吐き出して、部屋を出て階下へと向かう所で、階段を上がってくるC.C.とかち合った。
「久しぶりだな、ルルーシュ」
「大した年月じゃないだろう、俺達にしてみれば」
「まあ、そうだが…新しい騎士を、作ったのか?」
「不本意だが、な」
「まあ、そうだろうな………話があって来た」
「タイミングがいいな。こちらも、お前に聞きたいことがある」
「ああ。気配が、残っている。V.V.のことだろう?私も、そのことをお前に話さなければと思って、来たんだ」
「シュナイゼル、お茶を。スザクには触らせるなよ」
「分かったよ」
 苦笑するように肩を竦め、下りていくシュナイゼルの後姿を見送って、数段下の階段に立ち尽くしたままのC.C.を見下ろす。
「で、あいつは何なんだ?」
「V.V.は、私と同じ存在だ」
「始祖、か」
「まあ、そのようなものだ」
「そのようなもの?」
「私とV.V.が本当に始祖なのかどうか、私たちでは判断がつかない、と言う点では、そう言う言い方をするしかない、と言うことだ」
「………ややこしいな。まあ、いい。始祖だと言う前提で話を進めろ。ただし、こんな所で立ち話は御免だ」
「そうだな…顔色が悪い」
「さっき、血を流した。少し足りてないだけだ」
 軽く手を振って、大丈夫だと言う意思を示し、階段を降りる。横に並んだC.C.が気遣わしげに、ルルーシュの顔を覗き込んだ。
「で、私も聞きたいな。あの男を、何故騎士にした?」
「シュナイゼルか?何か文句でも?」
「ブリタニア皇族だった男だろう?」
「その遺恨は忘れろ。あいつは、自分が手に入れられる俺達に関するデータの全てを俺に提示した」
「放棄したのか?研究を?」
 驚いたようなC.C.の表情に、ルルーシュは意味ありげに口角を上げて笑む。
「さあな。だが、あいつ自身に深い興味はないらしい。それならば、別に問題はないだろう?俺が捕まったわけではないしな」
「お前…私が捕まっていた事を、暗に馬鹿にしているだろう?」
「そう思うのは、お前の勘繰りすぎじゃないか?」
「………………下らない言い争いはよそう。それより、あんなに騎士を造ることを嫌がっていたお前が、何故二人目を?」
「不可抗力だ。まあ、血はうまいから、問題はないが」
「ほぉう?私にも味見させてみないか?」
「断る。俺の大事な食糧を横取りする気か?」
「ルルーシュ、あまり騎士の血ばかりでなく、人間からも摂取しろ」
「人間の血は、好まない」
「嫌なのは分かるが、同じ食べ物ばかり口にしていると、ジャンクフードばかりを口にする人間のようになるぞ」
「それは、栄養が偏る、と言う意味か?」
「まあ、それに近い意味合いだ。適度に様々な食事を口にした方が、健康にはいいということだ」
「吸血鬼が健康を気にするか?」
「した方がいいぞ。一度死んでいるとはいえ、体中の様々な細胞は通常の人間のように、再生するわけだからな」
「………考慮しておこう」
 破壊されていない部屋に入り、ソファに腰を下ろす。そこには、大人しくお茶に触らせてもらえないスザクが既に座っていた。
 思案するC.C.が口を開く前に、シュナイゼルがティーポットとカップを乗せたトレーを持ってきた。
「さて、何から話そうかな………」


 静かな暗闇の中に、一つの焔が灯る。足音を立てずに、滑り込むようにそこに辿り着いた少年が、静かに腕を開いた。そして、手にこびりついている血を見て、静かに微笑む。
「見せてもらうよ、ルルーシュ。君の、記憶を」
 掌で、凝固していたはずの血液がまるで波打つように蠢き、宙へと浮かぶ。それが、ゆっくりと幾つもの小さな粒に分かれたり、また大きな粒へと繋がったりしながら蠢き、灯された焔の中へと飛び込んだ。
 じゅっ、と言う音をさせて燃え上がった赤い血が、微かに焔の色を濃くしたようにも見えたが、それを気にせずに、少年は焔の側にあった、切り株のような形をした石に腰を下ろした。
「ああ、やっぱり、いいな…君が、僕の子供だったら良かったのに…」
 目を閉じて、石の壁に背中を凭れさせる。焔の弾ける音だけが響くその場所で、微かな風に、金の長い髪が揺れる。
「可哀想に…苦労、したんだね」
 哀れむような、それでいて嘲笑するような響きのその声は、反響することなく石の壁や床に吸い込まれ、しばらくすると、焔も消えた。







第三部完結です。
この後はV.V.も絡んで、ルルーシュ争奪戦です(笑)
できればルルの過去編も絡めて書きたいのですが…
話数の都合上、まだ先が見えません。
気長に待っていただけるとありがたいです。
とりあえず。
スザクもシュナイゼルもルルの返答を聞いていないので、やきもきしてるだろうと思います。
こんなところで話を切ってすみません………



2008/2/20初出