*生得の重き腐敗-U-*


 同族殺し…それは、吸血鬼の血を吸う吸血鬼のこと。それは、共食いと言う名の、禁忌。


 軽い金属音に、シュナイゼルは読んでいた本から視線を上げた。
「…あいつは?」
 久しぶりに聞いた声は、最初に会った時と何も変わらないもので、少し、ほっとした。
「出掛けたよ。買い物に行ってくる、と」
「そうか」
「ようやく、口を利いてくれたね」
 シュナイゼルの言葉に、ルルーシュは一睨みするだけで、答えを返さない。そのまま、部屋を横切ると、棚を開け、中に入っていた本を一冊、抜き取った。
「あ、ルルーシュ。起きたんだね」
 ルルーシュが開きっぱなしにしていた扉から、帰って来たスザクが顔を覗かせる。瞬間、ルルーシュは持っていた本を落とし、瞬きの間にスザクに近づくと、着ている服の襟を掴んだ。
「ちょっ…何っ!?」
 突然、襟を掴まれて引き寄せられ、ルルーシュの顔が、吸血する時のように、首筋に埋められる。
「………誰に会った?」
「は?誰にも会ってないよ」
「誰かに触っただろう?」
「…そりゃ、街中だし、擦れ違う時に触ったり…」
「違う!女だ」
「ああ。女の子とぶつかったけど…って、何?そんなの解るの?」
 舌打ちをしたルルーシュは、スザクの襟から手を離した。
「ああ」
「同族の匂いは、わかるんですのよ、私達は」
 ゆっくりと、外側から開けられた窓。その向こう側に、スザクが街中でぶつかった少女と女性が立っていた。
「っ…シュナイゼルっ!」
 ルルーシュが床を蹴り、座っていたシュナイゼルの襟を掴んで引き寄せ、空いている手と片足を使い、それまでシュナイゼルの座っていたソファをひっくり返した。
 床に着く部分の、硬い底板の部分を貫き、柔らかい綿の部分まで貫いて、長剣の切っ先が少しばかり、座る部分から見えている。
「まあ。騎士を守る主など、初めて見ましたわ」
「…お前か、スザクとぶつかったのは」
「はい。自己紹介がまだでしたわね。私はユーフェミア。ユフィと呼んでくださいな。そして、そちらが私の実姉で私の騎士の、コーネリアお姉様」
 ソファを貫いた長剣を引き抜き、腰に下げていた鞘へと収める。男装の麗人とでも言おうか。ふわりとしたスカートを履いたユーフェミアとは対照的に、袖口を捲くったシャツにパンツを履いたコーネリアには、その言葉がよく似合った。そして、例えるならば、ユーフェミアはその騎士に守られた姫、だろう。
「このような極東の地で、貴方のような極上の血を持つ方に出会えて、私は幸運ですね。ねえ、お姉様」
「…ああ」
 シュナイゼルの襟から手を離したルルーシュが立ち上がり、ユーフェミアを睨みつける。
「…同族殺しの、吸血鬼か」
「まあ。殺すだなんて、酷い言い方しないでください。私はただ、美味しい食事をしたいだけです」
「無邪気なら何でも許されると思うなよ」
「お姉様、殺さないで下さいね。その方は、私の大切なお食事なのですから」
 一度鞘に収めた剣を抜き放ち、コーネリアが床を蹴った。


 縦に構えたコーネリアの剣が、何かを弾き返した。壁に当たって落ちたのを見れば、それは一つの弾丸だった。だが、それを確認して顔を上げるより先に向かってきた第二撃を避け、着地しようとしたその足場を狙われ、体勢を崩した所に、頭上から振り下ろされる足があった。
「っ…!」
 容赦なく繰り出される攻撃を、コーネリアは長剣を盾として使うことで、どうにか防ぎ、崩れた体勢を元に戻す。
 一撃必殺と考えて蹴った床だったが、その出鼻の一撃を挫かれて、途端劣勢になる。窓際まで下がって距離を保てば、ルルーシュとシュナイゼルのいる位置にまで下がったスザクが、一丁の拳銃をルルーシュに渡していた。
「お前、これは…」
「そう。マオを倒すときに使った銃だよ。何かあると困ると思って、とって置いたんだ。役に立ったね」
「何時の間にとりに行っていたんだい?」
 不思議そうにシュナイゼルが問えば、スザクは苦笑して前を向いた。
「ルルーシュが、彼女と話をしている間に。僕のことなんか、彼女は見てなかったから丁度良かった」
 ルルーシュが話をしている間、ユーフェミアはルルーシュから目を逸らさなかった。その間に、スザクは部屋まで戻り、自室の机の抽斗に入れておいた二挺の拳銃を取りに行っていたというわけだった。そして、残り少ない弾丸も、全て持ってきていた。
 その弾丸の半分を、ルルーシュの手の中へと落とす。
「数はそんなにない。銃の経験は?」
 言いながら、スザクはもう一方の拳銃と残りの半分の弾丸を、シュナイゼルへと渡す。
「一通りは。一応、軍務につくこともあったからね」
「お前はどうする?」
「僕は、接近戦の方が得意だから」
 スザクが軍人であった際の成績において、人並み外れた結果を弾き出していたのは、接近戦だった。勿論、銃や剣の腕前も、他に劣ることはなかったが、直接自分の身体を使う方が、感覚が研ぎ澄まされるのだろう。その成績のみが、ばかげた成績だと、上司や上官からも言われるほどのものだったのだ。
「ルルーシュを頼みますよ」
「ああ」
 コーネリアが剣を構えなおし、まるでフェンシングのような姿勢で、突きを繰り出してくる。それを、一歩前へ出てから寸前で避け、そのままの勢いで身体を反転させつつ、蹴りを繰り出せば、コーネリアの身体が壁際まで吹き飛ばされる。
「まあ。お姉様、頑張ってください」
 無邪気な、鈴の音のような声が響く。緊迫したその場に似つかわしくないその声音に、ルルーシュが拳銃の撃鉄を起こした。
「次から次へと厄介な………少しは静かに暮らさせてほしいものだな」
 引き金を引く。だが、銃口から飛び出した弾丸は、ユーフェミアを貫くことなく、その淡い桃色の髪の一筋を焼き焦がしただけだった。
「私の、髪が…」
 完全に避けたと思ったのだろう。だが、まだ外にいたために風に煽られた髪の一筋が、弾丸に焦がされた。その髪に触れて愕然とするユーフェミアの瞳の色が変わる。
「酷い…酷いわ!」
 それまで水面のように穏やかだった瞳が、禍々しい真紅の瞳へと、変化した。









2008/1/2初出