*生得の重き腐敗-V-*


 真紅に輝く瞳が、ルルーシュを射抜く。その瞬間、拳銃のグリップを握っていた指から力が抜け、それが手の中から零れ落ちる。
「っ…お前…その、眼は…」
「私の髪が、焦げてしまった…」
 慄くように震える、それは、女性の命とも言える髪を焦がされて嘆く、か弱き少女にしか見えない。だが、その禍々しいほどに輝く紅い色をした瞳が、その雰囲気をおぞましいものへと変えている。
 落ちた拳銃を拾ったシュナイゼルが、すぐ側で傾いだルルーシュの体を抱きとめる。
「っ…あの、女っ!」
「一体、何が…」
 問い終わる前に、いつの間にか肉薄していたユーフェミアの姿に、ルルーシュを抱えたままシュナイゼルが移動する。
「逃がしません」
 ユーフェミアの声は、相変わらず軽く、穏やかだが、その中に潜む憎悪の念は、隠される事なくルルーシュへと向けられている。
 だが、ユーフェミアの憎悪と攻撃がルルーシュへと向けられる前に、ユーフェミアの動きが止まる。そして、紅い瞳も静かに、水面のような色へと変わった。
「朝日が、昇る………」
 室内にある時計を見れば、確かに、深夜を既に過ぎている。
「仕方ありません。今日は、ここで失礼させて頂きます。また、訪ねさせていただきますので」
 にこりと微笑んで裾を持ち、礼をする姿は、貴婦人のようにも見える。だが、その背後に渦巻く憎悪が、はっきりとシュナイゼルには見えた。
「お姉さま、戻りましょう」
 スザクと対峙していたコーネリアに声をかけ、ユーフェミアは訪れた時のように、窓枠へ手をかけ、外へと出て行く。それを追うように、コーネリアも抜いていた剣を収めると、外へと出て行った。
 散々に荒らされた部屋の惨状は惨憺たる物で、ソファは使い物にならないだろうし、窓ガラスは割れ、壁には弾痕、床には抉ったような痕が幾つも残っていた。
「ルルーシュ、大丈夫!?」
 駆けつけたスザクが、顔色の悪いルルーシュを覗き込む。
「………平気、だ」
「全然そんな風に見えないよ。もう日も昇るし、ゆっくり休んだ方がいい」
 スザクの言葉を全て聞き終えるか終えないかの内に、ルルーシュの瞼が落ちる。
「一体、急にどうしたんだ、彼は?」
「見たでしょう?あの、紅い瞳が原因ですよ」
「あれは何だい?」
 眠りに落ちたルルーシュの体を抱き上げるシュナイゼルに変わり、二挺の拳銃をスザクが受け取り、装填されている銃弾を抜く。
「あれは、吸血鬼の動きと再生能力を奪う能力。生殺与奪の権を握れる能力」
「…それは、厄介だね」
「ええ。全く」
 抜き終わった弾を手の上で転がしながら、どう対処すべきかを、スザクは考えていた。


 剣を抱え、眠るユーフェミアの顔を眺めていたコーネリアは立ち上がり、そっと、日の当たらないその場所から、立ち去った。


 吸血鬼の騎士とはいえ、万能なわけではない。弾痕の残る壁や抉られた床を瞬時に直す、などと言うことは到底出来ないのだ。仕方なく、それまで居間として使用していたその部屋から、まだ使えそうなものだけを別の部屋へと移動させる。
 そうこうしている内に日も上がり、南天に太陽が昇った時刻、玄関戸が軋むような音を立てて、開かれた。丁度、捨てるためにソファーを運び出していたスザクは、来訪した人物を見て、眉根を寄せた。
 だが、静かに目礼し、一歩屋内へと入り後手で扉を閉めたその人物は、口を開いた。
「話がある。聞いてはもらえないか?」
 コーネリア。日の昇る前まで、スザクと戦っていた、ユーフェミアの騎士だった。









2008/1/9初出