*生得の重き腐敗-X-*


 指を組み直したコーネリアが、一度言葉を切った。数瞬の沈黙の後、口を開いたのはやはり、コーネリアだった。
「ユフィは、何でもないといった。最近、とてもよい夢ばかり見るから、寝言かもしれません、と。酷く楽しそうに」
 だから、コーネリアは何も疑わなかった。ユフィが自分に対して嘘をつくわけがないと思っていたし、隠し事をするなんてこともないだろうと、盲目的に信じていたからだ。
「けれど、顔色はどんどんと悪くなっていくし、床へつく時間も増えていった。医者に見せたが、夏バテだろうと言う答えだった」
 夏に体の調子を崩す人は、そう少なくない。特に、避暑地でもないコーネリア達の生家であるその場所は、夏は特に暑くなることで有名だったのだ。
「私は心配していたが、何をどうすることもできはしない。原因がわかれば、それを除くための薬だろうと食べ物だろうと用意しただろう。だが、夏バテであるのならば、夏が越せばよくなるだろうと思っていた」
「ならなかった、のかい?」
「………秋になっても…いや、秋になってからのユフィは、ほとんど床から出ることがなくなっていた。それなのに、深夜の笑い声や話し声は相変わらず、聞こえてくるのだと」
 そんな奇妙な話はないと思った。だが、原因を突き止めようにも、ユフィには笑顔で交わされ、深夜に人を置いておくにも、使用人達に徹夜をさせるわけにもいかなかった。
「そんな時、私達の住む屋敷のすぐ側にある無人だった教会に、ようやく新しい神父が来たと言う話を聞いた。長い間、神父が不在の教会だった。きっとその時の私は、医者に頼れないのならば、誰でもいいから話を聞いて欲しいとでも言う気分にでも、なっていたのかもしれない」
 その神父はコーネリアの話を聞くと、驚愕の表情になって一言、こういった。
 それは、ヴァンピロです、と。


 コーネリアは、鸚鵡返しのように問いかけた。
「ヴァンピロ?」
「そう。ヴァンピロです。人の生き血を吸う、化物の名。私の友人に、そう言ったことに対する知識の豊富な者がいます。すぐに呼び寄せましょう」
 額から頬へとかけて傷のある、一見しただけでは神父に見えない男は、名前をダールトンと言った。
 そして、コーネリアがユフィの話をしてから七日と経つか経たないかの内に、ダールトンから話を聞いたと言う男が、ダールトンと共にコーネリアの住む屋敷へと尋ねてきた。
「ギルフォードと言います」
 眼鏡をかけた男で、学者風にも見えたが、剣を携行し、長衣の下に隠されてはいたが、銃も携帯しているように見えた。
「ダールトンから話は聞きました。是非、妹様と会わせていただきたいのです。よろしいですか?」
「今は、眠っていると思いますが?」
「その方が都合がいい。貴女にも勿論、同席していただきます」
 席を外せとでも言われるかと思っていたコーネリアは、むしろ同席して貰った方がありがたいとでも言うようなギルフォードの言葉に眉根を寄せたが、その理由をすぐに知ることとなった。
 ユフィの私室へと入り、部屋を一巡り見回した後、ユフィの顔色を窺っていたギルフォードは、ユフィの首筋を見たい、と言い出したのだ。
 この許可と、肩を冷やさないようにと首筋から肩にかけてかけられている薄手のショールを少し寛げてもらうために、コーネリアに同席を願ったのだと気づき、そんなことは出来ないと言おうとしたが、それで、医者にもわからなかったユフィの体調不良の原因が分かるならばと、不承不承頷いたのだ。
 そして、コーネリアも見たのだ。
 ユフィの首筋に残る。青黒い二つの傷痕を。


 香り高い紅茶だと言って、口をつけたギルフォードは口にした単語は、コーネリアの想像の範疇を超えていた。
「妹様は、確かにヴァンピロと接触があるようです。それも、幾度となく」
「その…ヴァンピロと言うのは、私は詳しくないのだが、化物なのだろう?」
「化物、と言う言い方も決して間違いではありません。ですが、狭義の意味で言うならば、間違いだといわざるを得ません。何故なら、ヴァンピロとはそもそも、人間であった者達なのですから」
「人間だった?」
「そう。一体、その根源が何処にあるのかは未だに解明されていないのですが、ヴァンピロには一定の法則があるようで、必ずしもヴァンピロと接触を持った人間全てが、ヴァンピロになるわけではないのです」
「一体、そのヴァンピロと言うのは、どういう生き物なのか、詳しく説明を受けたい」
 ヴァンピロ…それは古今東西、様々な土地で名前を変え、姿を変えて生き続ける様々な伝説の総称。共通点は、蘇る死者が、血肉を持つ生きとし生ける者からその血を奪い、生きているのだと言うこと。
「一番多く言われているのは、ヴァンピロに血を吸われた者がまた新しいヴァンピロになる、と言う話です。その際、ヴァンピロは多く、噛み付きやすい首筋か、生命力の一番溢れる場所だと言われている心の臓に近い胸から、血を奪うのだと言うことです」
「………まさか、ユフィの首筋にある傷が、そうだとでも?」
「はい」
「馬鹿なことを!ユフィが、そんな死人の成れの果てに食い物にされているだなどと!」
「ですが、そうでないとあのような場所に、ああいった傷がつく状況など、日常生活でそうそう、あるものではないと思います」
「…それは、そうだが………」
「もしも本当にヴァンピロであるかどうか、私とダールトンに調べさせてもらえないでしょうか?」
「どうやって?」
「庭に潜んで、深夜に様子を探ります。もしも退治できるものであれば、その場で退治することも可能かもしれない。させては、もらえませんか?」
 夏の盛りからこちら、秋になっても一向に体調の良くなる様子の見えない大切な妹。医者の夏バテなどと言う言葉が、こんなにも信用できなかったことは、今までなかった。
 それに、どこか心の中で、今までにない、何か不吉な事が起こっているのではないかと言う不安な予感が、消えなかった。
 コーネリアは、自分も同行する事を条件に、ギルフォードの提案を受けた。









2008/1/9初出