*生得の重き腐敗-Z-*


 その時、世界は反転した。 「ユフィは、突然手についていたV.V.の血を舐めとった。その瞬間に、ユフィは禍々しく、笑ったんだ」
 冷め切った紅茶。それにようやく手をつけたコーネリアは、胸の内を吐露した安堵感からか、深く息を吐き出した。
「ユフィは、一度も人間の血を口にすることなく、吸血鬼の血を口にしてしまった。あの子は、豹変した。それまでの優しく穏やかなあの子は、消えてしまった」
「でも、そのV.V.って言う吸血鬼は、何で消えたんですか?」
「さあ?今も生きているのか、死んでいるのか、それすら解らない。だが、ユフィはずっとああだ。あの時からずっと、血に餓えている。人の血を口にしても不味いといい、吸血鬼の血を飲みたいのだと言う。だが、私はもう、あの子の口が赤く染まる様を、見たくはないんだ」
 いつの間にか、遠くなってしまった。ずっと側にいたのに、何の労りも優しさも与える事が、できなくなってしまった。いや、側にいすぎたからこそ、諌める事が出来なかった。
「頼む。あの子を、殺して欲しい」
「………そんなことをすれば、一蓮托生で貴女も死にますよ?」
 スザクが言うと、コーネリアは頷く。
「承知している。もう、私は長く生きた。十分だ」
 息苦しいとでも言うように、眉根を寄せて言うコーネリアに、思案するようにスザクが膝の上で指を組むと、シュナイゼルが静かに立ち上がった。
「私は、何より彼が平穏に暮らせればそれでいいと思ってしまうから、そんな提案がそちらからされれば、のりたくなってしまうが?」
「吸血鬼はそんなに簡単に死にませんよ」
「そうなのかい?」
「ええ。ただ、例の“サクラダイト”を使えば、何かしらの活路が開けるかもしれない。けれど、それもすぐにどうこうできると言うものではないんでしょう?」
「“サクラダイト”は稀少品だ。中々一般に出回ることはない」
「でしょうね」
 さて、どうしたものか…と思案しているスザクの首筋に、冷えた何かが触れた。それに反応して振り返る前に、そこへ衝撃が与えられる。
「っ………ル、ルーシュ」
 何時の間に背後から忍び寄ったのか、酷く冷たい指先がスザクの肩を掴んでいる。そして、首筋には牙が押し当てられている。
 身動きが出来ずに、されるがままになっていると、しばらくして指先と牙が離れていった。
「何で、その女がここにいる?」
 不意打ちとは酷いな、などと思いながら首筋を摩っていると、当たり前のように座っているコーネリアに目を向けて、ルルーシュは鋭く言い放った。
「一体、何を企んでいる?」
「私はただ、助けを乞いに来ただけだ」
「………いいだろう」
「って、君話聞いてないでしょ?」
「少し聞こえた。あの女を殺せばいいんだろう?また明日来い。それまではお前が自分の主を止めておけよ」
「連夜襲撃するほど、ユフィは自分の力を過信していない」
「ふん。なら、いいが。今日はもう帰れ」
 冷たい茶を飲み干したコーネリアは、音もなく立ち上がると、部屋を出て行った。


 眉間に皺が寄っている。その表情を見て、ああ、また何か怒っているのかな…と、窺うようにスザクはルルーシュを見ていた。だが、そうではなかったのか、広げたチェス盤に注がれていた視線が、上がる。
「スザク。拳銃と弾の手入れをしておけ」
「あれを使うの?」
「当たり前だ。効果は実証済みだからな。それと、お前らが俺に嵌めたあの腕輪はまだあるのか?」
「…まあ、一応」
「ならそれも探して出しておけ。あの能力は厄介だからな。抑える何かが必要だ」
「解った。明日の夜までに用意するよ」
 既に、残りの弾数は少ない。普通の弾丸でも、ないよりはましだろう。ならば手に入れておくべきだと、スザクは部屋を出た。
「シュナイゼル」
「ん?」
 チェス盤を片付けていたルルーシュの右手が上がり、お茶を入れていたシュナイゼルを手招く。白い湯気の立ち上る紅茶の注がれたカップが、ルルーシュの前に置かれる。
「疲れているのじゃないかい?」
「…血が足りていないだけだ」
「………こうして話をしてくれると言うことは、許してくれるのかな?君を騙すみたいなことをした私を」
「それは、もういい」
「いい、とは?」
「許すとか許さないとかの問題じゃない。もう、過ぎたことだ。馬鹿馬鹿しくなってきた」
 呆れたように言いながら、チェス盤をどかしたルルーシュの手がカップに伸び、口がつけられた。
「スザクよりよっぽどうまいな」
「彼は下手なのかな?」
「何であんなふうに紅茶を別物に変化させられるのかが分からない。あんなに渋い飲み物は、紅茶とは言わない」
 香りの良いそれを飲み干し、カップがソーサーの上へと置かれる。そのまま白い指先が流れるように空を走り、シュナイゼルの肩を掴む。
「仕様がないから、認めてやる」
 襟を寛げて、熱く滾る血潮の流れる場所を探すように、首筋へと指を滑らせ、顔を近づける。
「慣れろよ」
 小さく囁いたルルーシュの声を、最後まで聞くか聞かないかの内に、鋭い痛みが体中を駆け抜ける。
 皮膚の食い破られる痛み、そしてそれに伴い、流れ出す温かい血液。だが、それを啜る舌と牙は冷たく、痛みの感覚を麻痺させてゆく。
 離れていく牙と舌、唇を惜しみながら、シュナイゼルは首筋へと手で触れた。そこに、大きな傷は残っていない。
「どうだった?」
「最初は痛かったけれどね、すぐに感じなくなった。私の血は、君の舌に合うかい?」
「ああ。美味しかった。スザクの血も美味いが、お前の血も美味い。いい騎士に恵まれたな」
 これで、わざわざ人を襲う必要がなくなるのだと、ルルーシュは安堵した。









2008/2/1初出