*生得の重き腐敗-[-*


 夜目にも鮮やかな緑色の髪が翻る。真っ直ぐに夜空を見上げている琥珀色の瞳に映るのは、瞬く星々。静かに空から視線を外すと、一つ深く呼吸をする。
「面倒なことに、なりそうだな」
 苦々しく呟かれた言葉を聞く者は、一人もいない。その時、背後で轟音と共に火柱を上げて、一つの屋敷が燃え落ちた。
 火が、音を立てて屋敷の全てを飲み込んでいく。壁も天井も、床も柱も、家財道具も、全てを。夜の闇の中で明るく輝きながら燃やし尽くす、烈火。
「ルルーシュ………」
 風に流れる髪を一つに括ると、真っ直ぐに前を向く。その瞳には、それまで映っていた憂いや悲しみはなく、強い光が宿っていた。
「間に合えよ」
 それは、願いにも似た、言葉だった。


 スザクの手から、持っていた銃や弾丸等々が音を立てて落ちる。
「何、してるんですか?」
 睨み付けた先には、シュナイゼルがいる。横になっているその体の上には、ルルーシュが乗っていた。
「いや、私の血を飲んだ後、眠くなったといって、このまま眠ってしまってね」
 シュナイゼルの首筋に、顔を埋めたまま寝息を立てているルルーシュの頭を、シュナイゼルの手が撫でる。
「こうしていると、本当に普通の、人間の少年のようなのだけれどね」
「眠ってるなら、部屋に運んであげてください。幾ら人間のかかる病気にはかからないからといって、貴方の硬い体の上じゃ、体が休まらないでしょう?」
「おや。嫉妬かな?」
 落とした銃やらを拾いながら、スザクは懇親の力を目に込めて、シュナイゼルを睨みつける。
「別に。ルルーシュとお風呂に入った事ありますから」
「む。それは私も是非志願したいが………と。目が覚めてしまったかい?」
 ゆっくりと開いた瞼の下から、ぼんやりとした紫色が覗く。しばらく彷徨っていたその視線が定まり、シュナイゼルの視線とかち合う。
「ああ、お前か………」
 言いながら、乗りかかっていたシュナイゼルの体の上から降りる。名残惜しげに浮いた手が下ろされ、シュナイゼルも体を起した。
「お目覚めだね」
「スザクは………って、お前、何だ、その変な顔」
 今にも泣き出しそうな顔で、眉尻を下げているスザクを見て、ルルーシュが顔を顰める。
「ねえ、ルルーシュ」
「何だ?」
「僕とその人、どっちが好き?」
「はぁ?」
「選べない、って言うのは、なしね」
「何だ、それ?どういう意味だ?別に好きとか嫌いとかの問題じゃないだろう?俺が死ねばお前らも死ぬ。俺が主で、お前らはその騎士なんだ。それ以上でも、以下でもないだろう?」
 お前らを死なせないためには、俺は生き続けないといけないんだから…と、ルルーシュが言葉を紡ぐと、スザクは手に持っていた物を全て側にあったテーブルに載せると、ルルーシュの腕を掴んだ。
「あのね、ルルーシュ」
「ん?」
「僕はね、君が好きなんだよ。だから、君の騎士になったんだ」
「………好き?」
「そう。君の騎士になったのは、君が可哀想だとか、同情したんだとか、そういうことじゃない。僕が、君の側にいたかったから、君と同じ時間を生きたかったから、騎士になったんだよ。多分、その人も、そう」
「そうだね。まあ、一目惚れだったわけだから」
「二人して、一体何を…」
「だから、義務だとか同情だとかで、今僕らは君の側にいるんじゃない、ってこと。それを、知っておいて欲しいんだよ」
「じゃあ、何を知れって言うんだ?」
 真顔で問いかけてくるルルーシュに、スザクとシュナイゼルは顔を見合わせる。ここまで言って、何故伝わらないのか…と。
「ルルーシュはさ、恋、ってしたことある?」
「………………はぁあ?」
「何、その素っ頓狂な声」
「そういえば、吸血鬼にも人間と同程度の性欲があると言うことだったが、君はそれがないのかい?」
「ないの、ルルーシュ!?」
「………今のところ、ないな」
 よくよく思い返してみれば、スザクはルルーシュの騎士になってから半世紀は一緒に生きている。その間、そういった話は一回も聞いたことがなかったし、せいぜいスザクと触れ合う時も軽いキス程度だし、女性に会いに行くと言うこともなかったな…などと、今更ながらに思い至る。
「ねえ、じゃあさ、人間だった時はどうだったの?」
「どう、とは?」
「女性を好きになったりとか、なかったの?」
「ナナリーは好きだったぞ」
「それは、家族愛でしょ?そうじゃなくて、恋愛対象としてみる女性がいた?」
「婚約者ならいたが」
「その人のこと、好きだった?」
「いや。話があっただけで、直接会ったことはなかったから、何とも言えないが?」
 再び顔を見合わせたスザクとシュナイゼルは、深々と溜息をつく。
 そうか…ここまで、自分達の主は鈍かったのか…と。キスも、日本人のスザクとは違い、欧米出身者なら挨拶と同等の意味を持つのだろう。そして、そこまで考えていないからこそ、スキンシップを普通に取るのだろう。
 たとえば、血を吸う場合に触れたり、風呂場で体を洗わせたりといった事を。
「あー………もう、基本から間違ってたんだ、僕達」
「どういう意味だ?」
「はっきり言うよ。僕はね、ルルーシュ。君が好きなんだ。友情でも家族愛でもなく、君のことを恋愛対象として、見てる。これで、分かる?」
 スザクの言葉を反芻し、理解して飲み下したらしいルルーシュの頬が、赤く染まる。
「いや、だが、それは………どうなんだ?」
「どうって………別に、今そのことに関して答えが欲しいとかじゃないよ。ただ、知っていて欲しいだけ。君と僕たちは確かに主従の関係だけど、僕らが君に持ってる感情は、そういった、義務から来るものじゃないってこと」
 長い沈黙が下りる。想定していない事態に陥ったことで、今、ルルーシュの頭の中は、正常な思考が出来ない状態だった。ぐるぐると思考は回転し、その中から適当と思われる単語が拾い出せない。何か言うべきだと思うのに、何も言えず、シュナイゼルとスザクの間で視線を彷徨わせた挙句、下を向いた。
 静寂が流れるその空間を、まるで空気を引き裂くような風の唸りが、破った。









2008/2/1初出