*生得の重き腐敗-\-*


 大きく扉が開け放たれ、風が唸る。こつり、とヒールの音をさせて近づいてくるその白い手には、一丁の拳銃が握られていた。
「お姉様に、余計な事を吹き込んだのは、どなたです?」
 青い瞳に憎悪を湛えて、銃口はルルーシュ、スザク、シュナイゼルへと移ろっていく。
「私は全て、知っています。隠し立てなど、しないで下さい」
 穏やかな口調に隠し切れない感情が、溢れ出している。
「お姉様が、昼間私の側を離れるなんて、今までに一度もなかったのに………一体、どんな事を吹き込んだのです?」
 突然現れたユーフェミアに、それまでの静寂は破られ、張り詰めた空気が流れる。そんな中、ルルーシュを背に庇うようにして一歩前に出たのは、スザクだった。
「彼女が突然、僕達の所へ来たんだ。話があると言って。僕達は彼女の話を聞いただけで、何も吹き込んでない」
「信用できません」
「信用できないのなら、彼女にも聞いてみればいい。君のお姉さんにも」
「あら。それはもう無理です」
「え?」
「だって、もう、お姉様はいませんもの。主を裏切った騎士は、生かしておいてはいけないんです。だから、その元凶となった貴方方も、許してはおけません」
 撃鉄が起され、引き金が引かれる………その前に動いたのは、シュナイゼルだった。机の上に置かれていた銃と弾丸と共にあった、“サクラダイト”の埋め込まれている腕輪を掴み、ユーフェミアに近づく。その間に、スザクが銃を持ち、弾を装填する。
 突然近づいてきたシュナイゼルへと銃口を向ける間に、シュナイゼルがユーフェミアの腕を掴み、そこへ腕輪を嵌めてしまう。
「っ…!」
 引き金が引かれ、避け切れなかった銃弾が、シュナイゼルの頬を掠めた。だが、腕輪は無事に嵌められた。
「何ですか、これは?」
 不思議そうに、嵌められた腕輪に触れる。だが、しばらくすると、ユーフェミアは顔を顰めた。
「体に、力が入らない………これは、何なんですか?」
 頬に滲んだ血を拭いながら立ち上がったシュナイゼルが、ユーフェミアには見向きもせずに、もう一つ机の上に残されている銃を手に取る。
「それは、“サクラダイト”。俺達吸血鬼を封じる力を持っているものだ」
「どうして、そんなものを…」
「お前を、倒すために」
 既にその効力は、ルルーシュ自身が経験済みだ。故に、体に力が入らない苦悩はよく分かる。だが、同族殺しの吸血鬼が相手であれば、こちらが狩られる可能性があるのだ。油断は禁物。使えるものは何でも使わなければ、吸血鬼同士の戦いの決着は長引くだけだ。
「スザク、シュナイゼル。銃を貸せ。俺がやる」
 渡された二挺の拳銃の、弾倉にこめられた銃弾を確認し、グリップを握る。
「悪かったな。あの能力を持っているのは、お前だけじゃないんだ」
 ルルーシュの左の瞳の色が、紫から赤へと変わる。それは、吸血鬼の生殺与奪の権を握る能力。“サクラダイト”の力によって、人間と同じ身になったユーフェミアへと、更なる重圧をかける。
「あの女が俺達に頼んだのは、お前を殺してくれないか、ということだった」
「そ、んな………お姉様が、そんな………」
 怯えるように、一歩、また一歩と後退するユーフェミアを追い詰めるように、殊更ゆっくりとした歩調で、ルルーシュは間合いを詰めていく。
「残念だったな。何人の同族を狩ったのかは知らないが、彼らの無念と共に、朽ちるがいい」
 二挺の拳銃の銃口が、ユーフェミアへと向けられる。
 同時に二つの銃口が火を吹き、飛び出してくる銃弾を、まるでスローモーションの映像を見でもしているかのように、ユーフェミアは眺めていた。
 そして、自身の体を突き抜けていくその銃弾。通常であれば、そんな傷口など瞬時に治せるはずだった。だが、“サクラダイト”とルルーシュの能力によって奪われた再生能力は発揮できず、傷口からは生命の源である血液が、流れ出していく。
「いや…どうして………どうして………!」
 ユーフェミアの悲痛な叫びが、こだまする。だが、ルルーシュは酷く冷たい瞳で、涙を流すユーフェミアを見下ろしながら、銃口を向けたままだ。
「…死に、たくない…死にたくない!」
「ううん。君は、ここで死ぬんだよ、ユフィ」
 幼子の声。何処から、と視線を巡らす間もなく、ユーフェミアの後ろに突然現れた子供。
 長い金の髪、白い肌、紫色の瞳。血を流して嘆くユーフェミアの顔を覗き込むように膝を折り、手を伸ばす。
「君を、花嫁さんにしてあげたかったんだけど。もう、無理だから、せめて最後を見届けに来てあげたよ」
 伸ばされた手が、ユーフェミアの瞳を隠すように翳される。
「君が口にした僕の血、返して貰うよ」
 もう一方の手が伸び、ユーフェミアの傷口に翳される。すると、そこからまるで導かれるようにして、数滴の血液が玉状になって浮かび出た。
「おやすみ、ユフィ」
 浮かび出た血は、ゆっくりと幼子の掌に吸収される。すると、ユーフェミアの着ていた洋服が、中身を失ったように潰れ、砂が溢れ出す。
「きっと、コーネリアの元へ逝けるよ」
 かちゃり、とルルーシュの握っていた銃口が、幼子に向く。
「誰だ、お前は?」
「初めまして。ユフィがお世話をかけたみたいだ」
「お前は誰だと聞いている」
「僕?僕の名前は、V.V.」
「何?」
「そう言う君は誰?僕の子供じゃないってことは………C.C.の子供だよね?」
「お前は、C.C.の何だ?」
「説明が必要かな?名前で、すぐに分かると思うけど」
「………まさか、お前も始祖だとでも、言うのか?」
 V.V.が微笑み、床を蹴る。それを追うように銃口が動くが、それがV.V.の額を捉えるのと、V.V.の腕がその銃口を握るのとが、同時だった。
「撃ってもいいよ。ただし、僕にそれは効かないと思う」
 にこりと、無邪気に笑ったV.V.が、銃口を握っていた手を翻し、ルルーシュの手から拳銃を?ぎ取ると、面白そうにそれを手の中で弄り、弾を全て抜いてしまう。
「こんな野蛮なもの、君には似合わないよ」
「お前…」
 弾倉が空になった拳銃を床の上に落とし、そのまま軽く床を蹴る。
「僕、君のこと気に入っちゃった」
 来る…と、ルルーシュが身構える前に、V.V.の腕が無造作に見えるほど軽く、ルルーシュの肩に触れた。そのまま、その手が、ルルーシュの肩を貫通する。
「っ…!」
「ルルーシュ!」
 スザクとシュナイゼルの声が重なる。スザクが落とされた拳銃と弾丸を拾い上げて装填するより早く、V.V.の腕が引き抜かれ、ルルーシュがその場に膝をつく。
「また、会いに来るよ。そうそう。C.C.に伝えておいてくれるかな?僕の屋敷を燃やした代償は、必ず払ってもらうから、って」
 笑いながら姿を消したV.V.に、スザクは照準を合わせることなく、拳銃を握った腕を下ろす。そして、シュナイゼルは膝をついたルルーシュの傷口を見るように、その肩に触れた。
「大丈夫かい?」
「ああ。どうせ、すぐに塞がる」
 自分の血のついた手を見下ろして、ルルーシュは深く息を吐き出した。









2008/2/20初出