*君がため-T-*


 死にたくない…
 死にたくない…
 こんなことで、死にたくない…
 怖い………


 意識の覚醒を得た瞬間、知ることのできた情報は、自分の名前と、そして、互いの名前。
 C.C.
 V.V.
 それ以前の記憶は一切なく、何をすればいいのかも、互いにわからなかった。
 けれど、そんな混迷の中でも解っていたのは………
 決して、互いが味方ではない、ということ。


 意識の覚醒を得て最初にしたことは、食事だった。本能に刻まれていた、食事の方法。
 しかし、そのことによって二人は世界から拒絶されていった。
 人々に忌まれ、恐怖を植えつけることしか出来ないその食事の方法―人間の血を、吸い取ると言う行為は、二人以外の人間にとっては、自分たちを害する悪魔としか映らなかった。
 そして、いつしか二人は気づく。
 自分達しかいないから、忌まれるのだ。ならば、家族を持ち、自分達と同じ存在を増やすことで、いつかその人口が増える事で、人々に認められることができるのではないか、と。
 その方法を見つけ、家族を増やしても、それでも彼らは認められることがなかった。増えれば増えるだけ忌み嫌われ、排除され、駆逐された。中には殺された家族もいた。
 そうして、二人は道を別った。
 人間と共存する道を選んだC.C.
 人間と敵対する道を選んだV.V.
 二人は、最初の意識のままに、味方ではないと理解し、至極当然のように袂を別つと、手を取り合うことをやめにした。
 互いが互いの領分に踏み込んだ時には………
 殺めあう事を、厭わずに。


 事の発端は、数いるC.C.の子供、家族の一人が、V.V.の手によって殺されたことだった。
 何を考えているのか、V.V.は人間を敵とするだけではなく、C.C.の子供、家族すらも敵とし、駆逐するつもりらしい。そのことに気づいたC.C.は、宣戦布告代わりに、V.V.の住まう屋敷の内の一つに火を放った。そして、その足でルルーシュの元へ警告を発しにやってきたのだ。これから順繰りに、自分の子供達へ警告を伝えに行かなければならない。
「お前が一番若い。狙われるとしたら、お前からだと思ったんだ」
「それでわざわざ足を運んだわけか。ご苦労だな」
「会ったんだろう、V.V.と?」
「ああ。お前とよく似た気配がした」
「………嬉しくはないな。とにかく、気をつけろ。あいつが何を考えているのか私には分からないが、どうも、自分の子供達すら殺めているらしい」
「何?」
「もしかしたら、この世界から吸血鬼を消すつもりなのかもしれないな。自分を、残して。もしもそうだとしたら、厄介だが………」
「そうした所で、何かメリットがあるのか?」
「さあ、な」
 分からないよ、と言って立ち上がったC.C.が、部屋の扉に手をかける。
「まあ、騎士が二人もいるなら、大丈夫だろう。ここも安全ではないから、早く引越した方がいい」
「分かっている」
「じゃあな」
 C.C.が出て行き、扉が閉まる。
 後に残されたルルーシュ、スザク、シュナイゼルは一様に深く息を吐き出し、最初に口を開いたのは、ルルーシュだった。
「厄介極まりないな。全く。どうしてこう、次から次へと………少しは静かに生活させてもらいたい」
 他の吸血鬼からの攻撃によって家は破壊され、使えない部屋が出たかと思えば、今度はC.C.と敵対している始祖の登場で、さらに厄介に輪がかかった。
「とにかく、引越し、を………」
 立ち上がったルルーシュが、足をふらつかせてその場に膝をつく。
「ルルーシュ!?」
「大、丈夫だ。血が、足りてないだけだ」
 人間が貧血になる時のように、眩暈に襲われ、膝をついただけで、すぐに立ち上がる。心配そうに覗き込んでくるスザクに苦笑して、差し出された手を断る。
「眠ればよくなる。引越しの用意をしておいてくれ」
 頭に手を当てて部屋を出て行くルルーシュの背中を、スザクとシュナイゼルの二対の瞳が、心配げに見送った。


 C.C.の子供が、一人殺されたと言う事実が、ルルーシュの中に不安を呼び起こす。
 吸血鬼は、死なないわけじゃない。自分が殺したマオのように、ユーフェミアのように、人とは違う形だが、死を迎えることがある。
 一度、死んでいるのだ。今更何を恐怖する事がある………そうは思っても、一度死んでいるからこそ、あの時のような苦しみと痛み、辛さを味わうのはごめんだと、そう思う気持ちがないわけではなかった。
 今更、思い出したくもない、過去。
 ルルーシュのことを調べたと言うシュナイゼルは、知っているのだろうか。けれど、スザクは何も知らないはずだ。
 ルルーシュが、どんな風に、死を迎えたのかと言うことを。
 そして、どんな風に、C.C.から新しい命を与えられたのかと言うことを。
 欠片も望まなかったかと言えば、嘘になるだろう。だが、こんな風になりたいと思ったわけではなかった。
 ただ、あんな風に、死にたくなかっただけで。
 あんな風に、失いたくなかっただけで。
 父や母、そして妹のナナリー、大切な家族達を。
 左の胸に、手を当てる。
 そう。ここを、射られたのだ。
 今でも、覚えている。まるで、周囲の風景が動きを止めたかのように、世界の音の全てが消えたかのように感じた、あの瞬間を。
 扉がノックされる音に振り返ると、スザクが顔を出した。
「大丈夫?血が足りないなら…」
 スザクの後ろに、シュナイゼルもいるのを確認し、ルルーシュは二人を手招きした。
「昔語りを、してやる。少し、付き合え」









2008/4/2初出