*君がため-V-*


 城門を破った領民達は、松明の炎を、庭に咲く花や木々へと移し、鍵のかかった扉を破るべく、手に持っていた斧や鎌を使い、扉にその刃を立てた。石を投げつけて窓を割り、そこから建物の中へと侵入する者もいた。
 そんな混乱の中を、ルルーシュは何とか妹のナナリーを連れて、脱出しようとした。
 領主の屋敷などには大抵、民衆の蜂起や戦などに備えた抜け道がある。それを使えば、領民達の押し寄せてきている表門とは別の場所へと出られるはずだった。
 使用人達にも各々逃げろと言い置き、側にいた数人だけを引き連れて、抜け道のあるダンスホールへと急ぐ。
 だが、抜け道まで辿り着くことは出来なかった。途中で領民に行きあい、殺気立って農具を振り回す彼らから逃げるだけで、精一杯になってしまったからだった。
 彼らの中には、弓などの飛び道具を持っている者もいるだろう。町には、武器屋もあるはずだろうから。それを考えると、行き会って戦うよりは、逃げたほうが賢明と言えた。
 せめて、ナナリーだけでも。自分がもし助からなくても、ナナリーだけは必ず守らなければと、ルルーシュはその小さな手を引いて走った。
 火の放たれた屋敷から逃げるように、何とか窓から脱出し、暗い夜の中を走った。道などどこにもない。何とか裏門へ行き、そこから城の背後に佇む山へと出れば、山狩りでもされない限り見つかることはないだろうと踏んだ。
「お兄様っ!」
「大丈夫。大丈夫だよ、ナナリー」
「お母様とお父様は………」
「きっと、先に逃げているはずだ。途中に会った者に聞いたら、お部屋にはいらっしゃらなかったと言うことだったから」
 そう。ルルーシュが気づいたのと同じ頃に、異変に父も気づいたのだろう。ならば、母と共に抜け道を使って逃げている可能性があった。
「いたぞっ!!領主の子供だ!」
「っ!」
 背後からかけられた鋭い声に、追いつかれたのかと、ナナリーの手を強く握る。
「ナナリー、頑張れ」
「は、はいっ!」
 逃げるしかなかった。暴徒と化した領民に、ルルーシュの声は届かないだろう。何をどう説明しても、彼らを今まで救ってやれなかったと言うことは、事実なのだから。あまつさえ、助けを求めてきた領民を、追い返してしまった。
 それをしたのが父であっても…いや、それをしたのが父であったからこそ、ルルーシュにはそれを背負う責任があった。父の非道を止める責任、領民達の生活を向上させる責任、様々なものがあるだろう。それらは、領主の息子のルルーシュの負うべき責だった。
 何とか裏門にまで辿り着き、それを抜ける。そのまま走れば、山の中へと入ることが出来るだろう。
 だが、それは叶わなかった。
「お、兄様………」
「え?」
 腕にかかる重み。振り返ったそこに、膝をつくナナリーがいた。ゆっくりと前に倒れこむナナリーの背に、矢が刺さっていた。
「ナナリー!」
 周囲を見れば、何時の間にか一緒に走っていたはずの数人の使用人がいなくなっている。点々と、走ってきた道の地面に倒れふす黒い影が見えた。
「ナナ………っ!」
 体に走った衝撃に、ルルーシュは目を見張った。
 ゆっくりと視線を下ろせば、胸に矢が突き刺さっていた。
「殺せ!領主は俺達を見捨てた!」
「そうだ!決して許すな!」
「領主を探せ!」
「探して殺せ!」
 領民の叫び。今まで溜めに溜めてきた鬱屈を、吐き出そうとしているのだろう。それも、一人、二人ではない。城下の領民達で無事な者は、女子供以外は皆参加しているのだろう。ぞろぞろと見える黒い影が、静かにルルーシュ達を囲んだ。
 ナナリー………小さな手を握っていた手から、力が抜け、そのまま後ろへと倒れこんだ。背中を地面へ打つ衝撃も、何だか緩慢に感じた。
 夜の闇の中で、それよりなお暗く凝った領民達の怒りが、渦巻いている。赤々と燃え盛る松明の炎に照らされた刃が煌めき、それがやけに綺麗だなどと思ったのが、明確な意識の最後だった。
 振り下ろされたそれが、自分の体のどこに突き刺さったのかなど、ルルーシュは知らない。
「領主がいたぞ!殺せ!」
 ただ、どこか遠くで、怨嗟に満ちた声を聞いた気がした。


 ………寒い。凍えるように。指先の感覚も、何もない。ただ、寒い。
 っ………たく、ない………死にたく、ない。こんな所で、こんな事で、死にたくはない。
 じわじわと訪れる死への恐怖。
 死にたくない。死にたくない。死にたくない。俺は、まだ………
「生きたいか?」
 ………誰、だ?
「生きたいか?」
 ………生きたい。死にたくない。こんな、こんな………
「ならば、生かしてやろう」
 生き、られるのか。死なないのか。ナナリー………ナナリーも………
「それを、お前が望むのなら」
 ナナリー………一緒に、生きよう。
「ゆっくりと、再生するがいい。眼を覚ました時、お前は全く違う世界を眼にするだろう」
 お前は、誰、だ?………神、か?
「………違う。神でも悪魔でも、ない。ただの、化物だ」


 寒い。苦しい。暗い。ここは、どこだ?
 湿って重い空気、暗闇、土の臭い。腕を伸ばせばすぐに突き当たり、体を動かせばそこが酷く狭い空間だと言うことに気づく。
 それは、恐怖だった。狭く、寒く、暗く、重い空気の中、自分の今ある状況が分からず、恐怖した。
 とにかく腕を伸ばし、目の前にある何かをどけようとする。足を使い、腕を使い、体全体を使い、恐怖の根源と思われるその空間を壊した。
「っ………」
 ゆっくりと体を起し、ゆっくりと呼吸をする。湿った土の臭いに違和感を覚え、視線を巡らしたそこは………
 墓地。
 病や奇怪な死を遂げた者達が埋められる、領地の端の地。
「………ナ、ナリー………?」
 ナナリー…ナナリーは、どこだ?
「目を覚ましたか」
「っ………お前、は?」
「おはよう、ルルーシュ。私はC.C.。お前の新しい、家族だ」
「家、族?」
 紅く滲んだ月を背に、C.C.がルルーシュを見下ろしていた。









2008/4/11初出