*君がため-W-*


 何故、生きたいと願ってしまったのだろう。あの時、あの場所で、それを望みさえしなければ、こんなにも長く、永く、生き永らえる事はなかっただろうに。
 人の生き血を口にし、生命を脅かし、全く関係のない二人の人間の命を握り、それでもなお、浅ましく生きている。
 C.C.に感謝をしていないわけではない。本来あるはずでなかった時間を、本来目にすべきではなかった時代を目に出来た、それはとても感謝している。過ごすはずのなかった時間を、ナナリーと共に過ごす事が出来た。
 だが、その自身の願った生への執着が、他人の生命や命運を変えてしまったのだと言うことが、ルルーシュにはひどく、重く苦しい枷でしかなかった。
 マオの命を奪ったことも。
 スザクとシュナイゼルを騎士にしたことも。
 自分が今まで血を奪い、口にしてきた人々のことも。
 彼らにとって、ルルーシュは一体何だったのだろう。
 もしも、自分が存在しなければ、マオはああなることはなかっただろう。ナナリーは、死の恐怖を二度味わう必要はなかったはずだ。スザクは軍人として、シュナイゼルはブリタニア皇族として、人間としての一生を二人共、終えていたのではないか………
 それを考えた時、ルルーシュの中に湧き上がるのは後悔と慙愧の念だけだ。
「もう、いいんだ」
「ルルーシュ?」
「もう。いい。お前達を、俺の都合で振り回すわけには、いかない」
「何言ってるの?」
「V.V.は、やってくるだろう。そうすれば、お前達も巻き込まれる」
「そんなの、分かってるよ。大丈夫。守るから」
「………そうじゃない。そうじゃないんだ」
「じゃあ、何?」
 もうすぐ、朝日が昇る。そうすれば、ルルーシュは次に夜が訪れるまで眠りに着く。そんな、人ではない、化物の自分を守ると言う二人を、巻き込むのは………
 そうだ。見たくないのだ。もう、誰かが死んだりする所を見たくない。それが、自分を守ってくれると、側にいると言ってくれた者であれば、なおさら。
「スザク、シュナイゼル」
 眠りが訪れる。瞼を開けているのが、やっとだった。
「出て行け」
「え?」
「何だって?」
「俺が、次に目を覚ますまでに、ここから、出て行け………分かった、な………」
 始祖であると言うV.V.に勝てる保障はどこにもない。むしろ、ルルーシュが負ける確率の方が高いだろう。それを考えるならば………
 思考に靄がかかるような感覚を覚え、ルルーシュは瞼を閉じた。


 相変わらず呼吸をしない眠りに落ちたルルーシュを見て、スザクはベッドの端を叩いた。
「何、この自分勝手な言い草?」
「全くだね。彼は本当に、分かっていないらしい」
「誰が出て行くもんか」
「私も同意見だよ」
「守るって言ってるのに、僕らのことを信用してないってことじゃないですか?」
「そのようだね。やれやれ………」
 肩を竦めたシュナイゼルの微笑みも、心なしか引きつっているように見えるのは、スザクの見間違いではないだろう。
「ルルーシュを、見ていて下さい」
「どこへ?」
「材料の調達に行ってきます」
「材料?」
「ええ。対吸血鬼用の、弾丸の材料を」
「作れるのかい?」
「多分。配合を間違えなければ。出来るだけのことはやっておかないと」
「ならば、私も少し体を動かしておこうかな」
「戦力として期待できるんですか?」
「おや。私はこれでも元皇族だ。一通りの武術は習っているよ。上に立つ者が何も出来なければ、部下はついてこない」
「なら、期待します」
 苛立たしげに、大股で歩いて部屋を横切り、出て行ったスザクを見送り、シュナイゼルは眠るルルーシュを見下ろした。
「見縊ってもらっては、困るよ、ルルーシュ」


 そこは、懐かしく、また苦い想い出の場所だった。
「V.V.」
 呼びかければ、壁に背を預けて目を閉じていた子供が、目を開く。
「やあ。来ると思っていたよ、C.C.」
「お前に、確認したい事があって、来た」
「僕も、君に聞きたいことがあるよ」
 薄暗いそこは、洞窟。二人が意識の覚醒を得た、まさにその場所だった。
「長い、永い時が経った。それこそ、気が狂うほどの。お前は、何を考えて生きてきた?」
「C.C.、僕はね、僕らはこの世界に存在するべきではないのだと言う結論に達したんだ」
「………そうか」
「僕達の仲間を、子供を増やして、同じ種族を生み出せばいつかは、この世界の中に居場所ができるのではないか、最初はそんな甘い考えを持っていたよ。けれどね、無駄だと言うことに気がついたんだ」
「そうだな。人間は、我々を排除する。だが、仲間を、子供を作ることで、孤独からは解放される」
「僕は、孤独から解放されるだけでは意味がないと思うよ。居場所がなければ、平穏に暮らせる場所がなければ、僕らは常に迫害され続ける。子供を作っても、仲間を増やしても、それは変わらない」
 ゆっくりと背を壁から離し、真っ直ぐにV.V.の目がC.C.の瞳を射抜く。
「僕は、辿った。僕の記憶を。血の中の記憶をね」
「何?」
「僕らは、この世界の住人ではなかった。間違って落とされた存在だ。なら、あるべき場所へ還るのが正しきことだろう?」
「だから、生み出した子供や仲間を、屠ると?」
「可哀想じゃないか。残されたら」
 一歩、二歩と、C.C.に近づき、V.V.はにこりと微笑んだ。
「ねえ、C.C.僕、ルルーシュのこと気に入っちゃった」
「何っ!?」
「可哀想だね、彼は。ずっと死ぬことを願って、死ねなくて………君のせいだろう?僕が、彼を解放してあげるよ」
 彼の心の蟠りを、彼をいまだ生きる事に縛り付けている存在を、全て無に帰してあげる。
 そう呟いて、V.V.は軽く地面を蹴った。
「待てっ!」
 C.C.が腕を伸ばして捕まえようとしたが、その手は空をすり抜け、V.V.の姿は、洞窟の中から忽然と消えていた。









2008/4/11初出