*君がため-X-*


 一度死んだ体は、夢を見ない。眠りに落ちている間は、呼吸もしない。
 ふうっ、と呼吸をして、瞼を開けると、いつも通りの天井が視界に入ってきた。
 体を起し、腕を動かす。眠る前の気だるさと眠気は、なくなっていた。食事へ行き、血を体の中へ入れれば、完全に回復するだろう。
 クローゼットの中に入っている黒色のジャケットを掴み、羽織る。外へ出かける時は、大抵黒い服だった。闇に紛れることのできる色。人の目につかない色。意識的にそれを選ぶのは、今から人の命の欠片を奪いに行く、罪悪感からだろうか。
 自嘲の笑みを口元に浮かべて、部屋を出ると、にっこりと笑って立つスザクとシュナイゼルがいた。
「お、前達………出て行けと言っただろう!」
「言われただけで了承はしていないのでね」
「そうそう。自分勝手にも程があるよ、ルルーシュ」
「勝手だと!?勝手なものか!始祖と戦って無事でいられる保障がない!俺が死ねば、お前らも死ぬ。お前達が戦えば、俺が死ぬ前に、お前らが死ぬかもしれない!」
「心配してくれてありがとう。でもね、僕は君の側を離れる気は全くないから」
「私もだよ」
 拳を握り、壁に叩きつける。
「俺は、後悔してる。お前達を騎士にしたことを!」
「またそんなこと………何で?君が死ねば、必然的に僕らも死ぬから?」
「………そうだ」
「それこそ、本望だよ」
「何?」
「君と共にあり、君と共に死ねるのならば、それこそが本望だということだよ、ルルーシュ」
「何を、二人とも………」
 スザクの手が伸び、壁に叩きつけられたルルーシュの拳を包むように、手を握られる。
「ルルーシュ。君が吸血鬼になったことを後悔していても、僕は君が、その瞬間に生きる事を望んだ、そのことに感謝してる」
「もしも、君が死ぬ間際に生きる事を望まなければ、私達は君にこうして出会うことは、なかったのだろうからね」
「っ………」
「生きたいと願う事は、罪ではないよ。むしろ、今この時に君が死にたいと願うことの方が、罪ではないかな?」
「この世界には、どれだけの人間がいると思う?出会えるってことは、奇跡なんだよ」
「俺は、人間じゃないっ!」
「だったら、余計でしょ。人間じゃない存在と巡り合う確立なんて、それこそゼロに近いよ」
「言ったはずだ。私は君に、一目惚れだと。恋をした相手と、こうして長い時間側にいられるというのは、まさに奇跡だろうね」
「僕もだな。好きになった相手を、ずっと守って生きていけるって言うのは、軍人冥利にも尽きるし。まあ、相手が男だったって言うのは、それもまたそれで」
「な、何の話を………」
 頭が、ついていかない。一体、この二人は何を言っているのか。
 離れようと思った。離れれば、例え自分が死んでも、すぐ側で二人が死ぬのを見なくてすむ。そんな卑怯な事を考えた。自分の側にいれば、傷つくかもしれない。それは、見たくなかった。
 それなのにこの二人は、一体何を言っているのか………好き?恋?奇跡?
「だから、守るよ、ルルーシュ。君には、生きていて欲しいもの」
「生きていていいんだよ。全ての人間に与えられた、それは本能だ。罪ではないさ」
「俺は………」
「元人間でしょ。変わらないよ、何にも。主食が違うだけじゃないか」
「人間だって、鳥や豚や牛、魚を狩って食べる。動植物の血肉を食べて生きているんだよ。吸血鬼が人間の血を吸うことと、どこがどう違うと言うんだね?私は、よほど肉をレアで食べる事の方に抵抗を感じるけれどね」
「ああ。僕も嫌ですよ。生肉」
「だろう?」
 呆然としているルルーシュを見て、スザクは苦笑して、手を離した。
「一緒に生きよう、ルルーシュ。生き抜こうよ」
「君と血の繋がったご家族には及ばないかもしれないが、共にあることはできるよ。せめて、君の悲しみを共有するくらいはさせてくれないか?」
 最初は、悲しみに堪える表情に惹かれただけだった。一人で泣いて欲しくないと思った。けれど、側にいればいるほど、好意ばかりが膨れ上がっていった。いつか、彼が本当に、心の底から生きたいと願う事を、後悔しないようになればいいと。
 最初は、ただその美しい外見に惹かれた。たった一枚の写真がきっかけで、彼のことを調べた。実際に会い、彼の側に居たいと願うようになった。
 それが、恋でなくて、何だと言うのだろう。
 ずるずると、その場に座り込んでしまったルルーシュの顔を覗き込むように、スザクが膝を折る。その後ろから、シュナイゼルも覗き込むようにして、体を乗り出す。
「何なんだ、お前らは………わけが、わからん………」
 覆うように、右手で顔を押さえる。
「ルルーシュ」
 呼ばれて顔を上げると、目の前にスザクの顔があった。腕が伸びてきて、ルルーシュの顔を引き寄せる。
「ルルーシュが、そうやって僕らのことを考えてくれるのは、凄く嬉しいよ。だけど、僕らは僕らのしたいようにするから」
「君に生きて欲しい。君を守りたい。それが私達のしたいことだ。君がどんなに私達を遠ざけようとしても、それは譲れない。しつこく付き纏うことにするよ」
「………お前らは、本当に………」
「ん?」
「馬鹿、だろう」
「そうかも。ルルーシュ馬鹿なんだよ」
 くすくすと笑うスザクが、ルルーシュを抱きしめる腕に力を込める。その腕の力を、痛いと感じるよりも、温かいと、心地よいと感じてしまう辺り、もう自分も相当馬鹿なのかもしれないな、と、ルルーシュは目を閉じた。
「もう、二度と出て行け、なんて言わないでよ。今度言ったら、本気で起こるからね」
「彼の言う通りだよ」
 スザクの肩を押して離れ、瞼を開く。
「スザク、シュナイゼル」
「ん?」
 不思議そうに目で問うてくる二人に、腕を伸ばす。
「喉が渇いた」









2008/5/4初出