*君がため-Z-*


 庭に咲く花のいくつかを摘み、器用にそれを編んで冠を作り、柔らかい茶色い髪の上に乗せてやる。
 自分の頭に乗ったそれに触れ、嬉しそうに微笑んだナナリーの顔を見て、綻んだ顔をしている自分を、ルルーシュは俯瞰した位置から見下ろしていた。
 それは、過去の記憶の再生。吸血鬼は、夢を見ない。己の記憶を、再生して見る事のできるそれは、夢とは少し趣の違うものだった。夢は、現実に起こらないこと、幻のような映像も映すのだろうが、吸血鬼の見るそれは、過去の記憶の投影のみで、現実に自分が体験した事しか、映し出しはしない。
 ああ、この頃は、幸せだった。
 何も知らず、周囲には綺麗なものしかなかった。
 それなのに、この庭も、城も、ナナリーも、母も父も、皆既にどこにもいない。この地上の、どこにも。
 自分だけが一人取り残され、長い時間を生きてきた………
 人の血を吸う、という行為に、最初は抵抗があった。だが、幾度か繰り返すうちに、それは吸血鬼としての本能に根差した当たり前のことになり、慣れた。
 けれど、ふと気づくことがあった。
 どうして、自分はこんな化物になってまで、生き永らえているのだろうか、と。
 自分がこうなったことに、何か意味があるのだろうか、と。
 もしも………もしも、その理由が、スザクとシュナイゼルと言う存在ならば、そこに意味を見出すのは、間違っているのだろうか。
 二人は、ルルーシュに生きろと言う。生きていていいのだと。生きたいと願う事は罪ではないのだと。
 この光景は、過去のもの。自分の記憶。
 目の前で薄れていく、花の咲き乱れる風景から目を逸らし、ルルーシュは呟いた。
「………すまない。俺は………」


 眠っていたルルーシュの眦から、一筋涙が零れたのを見て、スザクもシュナイゼルもぎょっとした。
 そのまますぐにルルーシュが目を覚まさなかったら、二人ともどう対処していいのか分からなかっただろう。
「ル、ルルーシュ?大丈夫?」
 瞼を押し上げ、不思議そうに瞬きをするルルーシュを見下ろして、スザクが恐る恐る声をかける。
「ああ。大丈夫だ」
 言いながら、頬に流れていた涙に気づき、手の甲で拭う。
「何か、怖い夢でも見たのかい?」
「いや。吸血鬼は夢を見ない」
「え?そうなの?」
「眠っている間に見るのは、己の記憶の再生だ。過去の再生。それは夢とは違う」
 ごしごしと目を擦り、涙が止まったのを確認して、体を起してベッドから降りる。
「で、お前らは二人してそんな所で何してるんだ?」
「え?」
「俺は引越しをすると言ってあっただろう?準備は?」
 言われて、二人は同時に声をあげた。そういえば、V.V.を迎え撃つ事ばかり考えていて、“逃げる”と言う選択肢を、当の昔に放棄していた。よくよく考えれば、最初から引っ越して逃げるつもりだったのだ。
 迎え撃つ、と言うのはその次の手段でしかない。
「全く………仕方ないな」
 苦笑しながら言ったルルーシュの表情が、一変する。
「まあ、どっちにしろ、もう遅いみたいだが」
 ルルーシュの視線が窓へ注がれた瞬間、その窓ガラスが大きな音を立てて、割れた。


 爆風で割れたような様相を呈した窓ガラスが、部屋の中へと散らばる。それらを避けるように着地したV.V.が、にこりと微笑んだ。
「やあ、ルルーシュ」
「一体、何の用だ?」
「また会いに来るよ、って言ったでしょ?」
「迎え入れるとは一言も言ってないがな」
「あはは。そうだね。言ってないね。でも、僕、君のこと気に入ったんだ」
 スザクとシュナイゼルが、持っていた拳銃を構えるより先に、V.V.が床を蹴った。
「だから、誰より綺麗に殺してあげる」
 銃口がV.V.の姿を捉えるより先に、その細い手が、ルルーシュの眼前へと迫る。それを間一髪の所で避けて、振り返りながら腕を伸ばしてV.V.の腕を掴もうとするが、小さな体は宙へと飛び上がった。
「危ない、危ない。結構速いね、ルルーシュ」
「子供はとっくに寝る時間だろう」
「そうだね。普通の子供なら、そうかもしれない。けど、僕は君よりよっぽど長生きだよ。お年寄りには優しくしてくれないと」
「はっ!お前のような年寄りらしくないやつに優しくなんてする必要、あるのか?」
「なら、対等に戦おうよ。一対一で、さ」
 V.V.のその提言は、騎士であるスザクとシュナイゼルに手出しをさせるな、と言う意味だ。
 二人の援護なしでどこまで出来るかを考えるより、V.V.のスピードに二人がついていけるかどうか、を考えた方がよさそうだった。幾ら吸血鬼の血を得て、常人とは全く違う身体能力を持っているとはいえ、V.V.やルルーシュと比べれば、多少は劣るのだろうから。
「いいだろう」
「ルルーシュ!?」
「何を言ってるんだい?」
「お前らは下がってろ。手を出すなよ」
「流石ルルーシュ。話が分かる。賢い子は好きだよ」
「流石、などと言う言葉を使うほど、俺とお前は大して親しくないはずだがな」
 軽く腕を回し、肩をほぐす。V.V.のスピードは速い。ルルーシュは正直、ついていくのが精一杯だった。だが、完全無欠と言うわけではないのだろうから、どこかに隙が生じるはずだ。
「そうだね。でも、君のことはよく知ってるよ」
「どういう意味だ?」
「君の血から、君の記憶を読ませてもらったから」
「何!?」
「C.C.はこの手法好まないみたいだけど、敵を知るには手っ取り早くて、僕はよく使うんだ」
 全く悪気がなさそうに微笑むV.V.を見て、こいつは手こずるかもしれない、と拳を握った。









2008/5/7初出