*君がため-[-*


 一度死に、けれど再生し続ける身体。巡る血液は温かく、心臓は確かに鼓動を刻む。傷が出来れば血が流れる。けれど、瞬時に再生され塞がる傷口。
 “永遠の命”。それを求めた偉人や王は数知れず、今もなおそれを求める者もいるだろう。
 だが、それは決して神より授けられた恩恵などではない。そしてまた、それを手に入れたから必ずしも幸福とも言えない。
 ならば、その肉体は一体、何の為にあるのか。何故、呼吸し続け、動き続け、再生し続けるのか。
 理由が欲しいと、ルルーシュは思った。こんな身体になってもまだ、生き続けている、意識し続けている、思考し続けているこの“自己”の理由を。
 自分と言う存在の証明を、得たかった。
 死にたくないと思った。まだ生きたい。自分にはまだしたいこともやりたかったこともある。だから………と。
 死に直面した人間の心理と言うものは、恐ろしいほど純粋に凶悪だ。例え目の前に差し出されたものが、悪魔の腕だったとしても、ルルーシュはその手をとっただろう。
 だが、そうしてその手をとった途端に襲い来る恐怖と後悔。その悪魔を詰り、罵り、自らの欲望を否定しようとする醜悪さ。
 眼に映るのは漆黒の闇と、白く美しい月光。二度と目にすることの出来なくなった太陽の熱さも、光の強さも、何もかもが遠い過去であり、憧憬。
 閉ざされた夜の世界に変化はなく、本能に忠実にただ血を口にするだけだった。
 それなのに、今の夜の世界は何なのか。黒白だった世界に、緑と青が加わった。たった二つの色が加わっただけで、こんなに世界に色がつくものなのか。
 ………どこかでまだ、俺をこんな風にしたお前を、恨んでいたのかもしれないな、C.C.。だが、もう、やめにする。


 V.V.の腕が、ルルーシュの首を掠める。たったそれだけのことなのに、まるで刃が触れたように首筋に傷がつき、血が流れた。だが、すぐにその傷口は修復される。
「避けるのうまいね、ルルーシュ」
「お前こそ、遊んでいるだろう?」
 始祖だと言うだけあり、V.V.の移動は早く、また攻撃も正確に鋭い。だが、ルルーシュとてそれについていけていないわけではなかった。
「追えているかい?」
「今の所は」
 部屋の中では狭いと言ったV.V.の言葉にルルーシュも頷き、建物の外へと出てきた二人の動きを追うのが、騎士であるスザクとシュナイゼルには精々だった。もしも、これに追いついて何とかしろと言われても、難しいだろう。
「全く………V.V.のやつ、遊んでいるな」
 背後からかけられた声に、スザクとシュナイゼルは振り返った。そこに、いつの間にかC.C.が立っている。それも、酷く不機嫌そうに、眉間に皺を寄せて。
「これ以上、V.V.のやつをのさばらせるわけにもいかないだろうな」
「C.C.?」
「大丈夫だ。あの馬鹿者は私が止める」
「何か手があるの?」
「ああ。それを貸せ」
 スザクとシュナイゼルがそれぞれ持っていた拳銃を受け取り、C.C.は弾倉を確認し、手馴れたように安全装置を外す。
「動きを瞬間とめる役には立つだろうさ」
 言いながら跳躍したC.C.が、ルルーシュの背後に近寄り、その首根っこを掴んで、スザクとシュナイゼルの方へと投げ飛ばした。
 突然後ろから引っ張られて投げ飛ばされたルルーシュは、空中で姿勢を立て直せずに、そのままスザクの上へと落下した。
「ル、ルルーシュ…だ、大丈夫?」
 受け止めきれずに潰れたスザクの横で、シュナイゼルが涼しい顔をしてルルーシュに手を貸し、立たせる。
「怪我はないかい?」
「ああ。スザク、大丈夫か?」
「う、うん…」
 よろよろと立ち上がったスザクに手を貸すでもなく、ルルーシュはC.C.を睨みつけた。
「ったく。何考えてるんだ」
 容赦なく引き金を引き、何発もV.V.の体へと銃弾を叩き込んでいるC.C.に目をやり、ルルーシュは驚いた。そういえば今まで、まともにC.C.が誰かと戦っているところなど見た事が無かったし、拳銃が扱えるなどということも知らなかったな、と。
 そして、それと同時に、何発銃弾を撃ち込まれても大して移動速度の落ちていないV.V.には、驚嘆した。だが、あの銃弾はふつうの銃弾ではない。マオと戦うために開発してもらった、対吸血鬼用の銃弾だ。幾ら始祖とはいえ、全く効果がない、などということはないだろう。
 ならば、その効果が現れるまで、辛抱強く待つことだと、C.C.とV.V.の動きを追って、視線を動かす。
 これが、始祖同士の戦いかと、ルルーシュは驚いた。
 まるで、目に見えない空気を切り裂きでもするかのように、めまぐるしいスピードで空間を移動する二人の動きは、衰えるどころか、一刻を刻むごとに速くなっていく。本来ならば、疲労で衰えるはずだろう。だが、それがない。
 しかし、何かが変だと、ルルーシュは視線を二人から外す。
 空気の動き、風の動き、場の空気とでも呼べるものが、何か違う気がした。その根源が何なのか分からず、探そうと眼を凝らすが、夜目の利くルルーシュの瞳ですら、それが何なのか分からない。
 他の吸血鬼が入り込んでいるならば、気づくはずだ。人間が入り込んでいても、気づく。ならば、そのどちらとも違う何かが、この空間の中には、ある。
 そう。いる、ではなく、ある、とでも形容できるものだった。その、空気を歪ませている何かに気づいたルルーシュは、V.V.の指を見て、ようやく気がついた。
 ぷつりと、一つ針を刺して出来た小さな傷のような場所から、黒い闇に紛れるように、赤黒い血が流れ出ている。それは、空中に点々と粒となって、小さく浮いていた。
「C.C.!」
 咄嗟に叫んだルルーシュの声に気づいたC.C.が、素早く周囲へ視線を飛ばす。その目が捉えた球状の赤黒い粒に、息を呑んで叫ぶ。
「伏せろ、ルルーシュ!」
「気づくのが遅いよ」
 勝ち誇ったようなV.V.の声と共に、あちらこちらで爆発が起こった。









2008/5/7初出