*君がため-\-*


 爆風に抉られた土が飛び、枝が折れ、木々が揺れる。咄嗟に目を庇い、土埃に煙る視界の悪い周囲を何とかしようと、腕を一振りし、C.C.は目を細めた。
 凄まじい爆風で、どうにか着地だけは成功させたが、全身土まみれで、気分の悪い事この上ない。その上、どこへ行ったのか、V.V.の姿が見当たらなかった。
「ルルーシュ!」
 悲鳴にも近いスザクの声が上がり、急いで振り返ったそこには、同じく爆風で飛ばされたらしいスザクとシュナイゼルが、やはり土埃を被ったように汚れた姿で、倒れこんでいた。そして、その二人の体を覆うようにして、ルルーシュが倒れていた。
「ルルーシュ!」
 助け起そうとスザクがその肩を掴むと、ルルーシュの口端から、血が零れた。見れば、背中が焼け爛れたように、赤くなっている。
「何で、僕達を庇ったりするんだ!」
「これでは、立場が逆ではないか」
 中々治らない傷を隠すように、シュナイゼルが着ていたジャケットを脱いで、ルルーシュの肩へとかける。背中に負担がかからないようにと座らせて肩を支え、二人はルルーシュの顔を覗き込んだ。
 辛いのか、眼を開けようとしないルルーシュに、二人の顔が曇る。そんな三人を見下ろしていたV.V.は、驚いたように眼を丸くした。
「騎士を守る吸血鬼なんて、初めて見た」
 浮いていた体を地面へと下ろし、着地すると、開いていた指の傷口を一舐めし、治してしまう。
「騎士は、吸血鬼を守るものだろう?吸血鬼は騎士を守る存在じゃない。なのに、何で騎士を守るんだい?」
 心底不思議そうに首を傾げ、一歩、一歩、ゆっくりと近づいてくるV.V.を警戒するように、スザクもシュナイゼルも、V.V.を睨みつける。
「不思議だよ。今まで、そんな吸血鬼はいなかった。騎士は君にとっての盾であり、剣だろう?使い捨てる事も、替えることもできるただの道具だ。そんな道具を守るなんて、君は賢いと思っていたけど、本当は馬鹿なの?」
 血と共に一つ息を吐いたルルーシュが目をあけ、V.V.を睨みつける。
「道具、なんかじゃ、ない」
「ルルーシュ………」
「こいつらは、道具じゃない。盾でも、剣でもない」
「じゃあ、僕らは君にとって、何?君の盾にも剣にもなれないなら、何で僕達はいるの?」
「君の盾になり、剣になるのが私達の役目であり、責務なのではないのかい?」
「違う」
 シュナイゼルのジャケットをつき返し、肩を支えているスザクの腕を押し返して、ルルーシュは立ち上がると、V.V.を見下ろすように睨みつける。
「枢木スザクとシュナイゼル・エル・ブリタニアは、俺と言う存在の証、そのものだ」
「証?」
「そうだ。俺の存在の証明だ。俺に、生きていていいのだと、そう言葉にしてくれた、俺と言う命そのものだ」
 じわりと、背中に滲んでいた血が止まり始め、ようやく傷の再生が始まる。
「俺は吸血鬼だ。人ではない。それでも、二人は俺に生きろと言う。ならば、二人にも生きていてもらわなくては困る」
「何故、困るの?騎士なんて、幾らだって作ればいいじゃない。その二人が死んだのなら、新しいのをさ」
「代わりなんて、いない。必要ない。二人がもしも死ぬ事があったら、俺も死ぬ」
「吸血鬼の言葉とは思えないね」
「何とでも言え。だが、これが俺のやり方だ。お前に指図を受けるいわれはない!」
「ふぅん」
 成り行きを見守っていたC.C.が、V.V.が動くのを感知したのか、持っていた拳銃を構えた。
 だが、V.V.は軽く地面を蹴ると宙へと浮かび上がり、一本の木の枝に足を下ろした。
「面白いね、ルルーシュ、君」
 血が足りずにふらついているだろう足を、それでもしっかり立たせているその精神力。始祖である自分の目を見ても、全く怯まない強さ。
「興味が出てきたよ、君に、とても。今は殺さずにいてあげる。君を観察させてもらうよ。同族殺しもやめにしよう」
「どういう心境の変化だ、V.V.」
「C.C.、僕達はとても長く生きてきた。これからも長く生きるだろう?同族殺しなんて、いつだって出来る。今は一時休戦、ってことにしない?」
「ほう?自分の子供も殺さないと?私の子供にも手を出さないのか?」
「うん。彼を、観察したくなった。ただし、僕の機嫌が悪くなったらいつでも再開するから、身構えだけはしておいた方がいいよ」
「随分と勝手だな」
「そりゃあ、始祖だからね」
 足場にしていた木の枝を蹴り、宙へと浮かび上がると、そのままV.V.は姿を消す。後には、無残に抉られた地面と薙ぎ倒された木々、そして、窓ガラスが粉々に割れて、とても住める状態には見えない屋敷だった。
「全く、勝手な奴だな、あいつは」
 C.C.は拳銃を握っていた腕を下ろし、V.V.の気配が完全に遠のいたことを確認して、ルルーシュに近づいた。
「大丈夫か?」
「ああ」
「まさか、あいつがあんなにあっさりと考えを変えるとは思わなかったよ。まあ、これでしばらくはあいつも馬鹿な行動をしないだろう」
「そう、願う………」
「ルルーシュ?」
 ぐらり、と傾いたルルーシュの体が地面へ叩きつけられる前に、素晴らしい速さで腕を伸ばしたシュナイゼルが、その体を支えて抱えあげる。
「無茶をしてくれる」
「五月蝿い。さっさと運べ」
 体を支えていられないのか、ぐったりとしたルルーシュは顔を背けて、目を閉じた。
「もう、二度とこんな無茶はしないでよ、ルルーシュ」
「そうだよ。私達の心臓が止まってしまう」
 だが、返事はなく、穏やかな寝息だけが聞こえてくる。
「眠って体力を回復しているんだ。目が覚めたら、すぐに血をくれてやれ。散々吸われるだろうから、体力つけておけよ」
「C.C.は?」
「私は、そうだな………また旅にでも出るさ。まだまだ、長生きするんだろうからな」
 持っていた拳銃をスザクへ返すと、そのまま三人へ背を向けて歩き出す。いい“家族”が出来てよかったじゃないか、と本人には決して言わない言葉を心中で呟いて、C.C.は微笑んだ。









2008/5/18初出