世の中の様々な食料品売り場は、今主力商品であるチョコレートを売るべく、様々な趣向を凝らした催し物や今までに無いチョコレート、などと銘打った高級チョコレートなどを売り出している。 そんなショーケースの前に、女性ではなく男が、それも難しい顔で立っていれば、店員は声をかけるのをためらうだろう。 その日、スザクは眠っているルルーシュをシュナイゼルに任せ、一人街へと出てきていた。世の中は今日がバレンタインだと言うおかげだろう、平日だと言うのに、チョコレート売り場にはどこからやってきたのかと思うほど、大勢の女性客が押し寄せていた。 一体全体、どれが彼の好みに合うのだろうか。普段から固形食物は口に入れない彼のことだ。きっと、いらないと言うだろう。だがしかし、こんな素晴らしい、全世界で認められている愛の日に、何の気持ちを伝えないと言うのも、スザクからすれば、折角のチャンスを棒に振るようなものだった。 ワインが好きな彼のことだ。何かしら、お酒の入っているチョコレートの方がいいだろうか…と思案しながら、幾つものショーケースを覗いていく。 と、チョコレートとシャンパンがセットになって売られている商品が、眼に入った。 「すみません。これ、一つ下さい」 スザクの決断は早かった。 帰り着くと、それはもう素晴らしく不機嫌な眉間に皺を寄せた表情で、腕を組んで足を組み、ソファに座り込んでいるルルーシュの姿が眼に入ってきた。 「た、ただいま」 「どこへ行っていた?」 「買い物。どうしたの?」 「別に」 不機嫌な表情を崩さないまま、組んでいた腕を解くと、側にあったグラスを持ち、注がれている赤ワインに口をつける。 「あの人は?」 「厨房」 「珍しいね」 「ふん」 「何かあったの?物凄く怒ってるみたいに見えるんだけど」 「怒るに決まってる。まさか、お前まで何か買ってきたんじゃないだろうな?」 「うぇ!?」 「………買ってきたのか」 「もしかして、怒ってる原因って、それ?」 「勿論。あいつは今、厨房で何やら甘ったるいものを作ってる」 「甘いもの、嫌いだっけ?」 「嫌いじゃないが、今日が何の日か知っているのか?」 「バレンタインデーでしょ?」 「そう。聖ウァレンティヌスの処刑日だ」 空になったグラスを置き、いまだ立ったままのスザクを見上げる紫色の瞳は、鋭さを増した。 「既に聖人の列からは外されているが、それが一般的に信じられているこの日の起源の説だ。そんな血生臭い日を、よくもまあ、その背景と重ね合わせる事で恋人の日にしたものだ…と、俺は宗教の商売魂に呆れているところだ」 「つまり、バレンタインが嫌いなんだね?」 「嫌いとは言わないさ。ただ…」 「ただ?」 「寝起きに喉が渇いて血を貰おうと思った相手から、甘ったるいチョコレートの香りがして、食欲が失せた。だが、俺の喉の乾きは相変わらずだ。それなのに、もう一人も同じことを考えていると言うことは…外へ行っても食事はまともに出来ないだろうな」 「今日は、バレンタインデーだから。誰も彼も、甘い匂いがするんじゃない?」 「ちっ」 「舌打ちしたね」 「したくもなる」 甘い香りのする人間から、血を吸うと言う行為が嫌なのだろう。言い方が妙かもしれないが、ルルーシュはどちらかといえばグルメなのだ。食事の仕方や、食事をする相手の人間の好みには五月蝿い。そして、空腹や喉の乾きは、なるべくならその時その時で、きちんと解消しておきたいと考えるのだ。 「でも、僕のはそんなに甘ったるくないと思うんだけど…」 「同じだろう。チョコレートならば」 「シャンパン付だけど」 「今はそんな商品まであるのか?」 「うん。大人向けにブランデーの配合が多いやつとかもあった」 「………人間と言うのは、貪欲だな」 言いながら、グラスにワインを注ぐ。しかし、一杯分を注ぎ終わる前に、瓶は空になってしまった。 「どうする?シャンパン、飲む?」 最後の一口を飲み干して、グラスを置いたルルーシュが、スザクの持っている包みへ視線を動かし、手を出した。 「ちょっと待って。グラス持ってくるから」 包みを置き、空になった瓶とワイングラスを持ち、厨房へと急ぐ。そこでは、シュナイゼルが果物を切っていた。見れば、鍋の中に、湯煎で溶かしたチョコレートが大量に入っている。それと一口大に切られているチョコレートを見れば、何を作っているのかは、想像がついた。 「チョコレートフォンデュですか?」 「ケーキとかにすると、食べてくれなさそうだからね」 それでも、甘ったるい事にはかわりがないだろう。しかし、シュナイゼルは気にしていないのか、果物を乗せた皿と、溶かしたチョコレートを載せたトレーを、運ぶ。 溜息をついて、スザクはシャンパングラスを一つ、手に取った。 包みを解いたルルーシュが、シャンパンのコルクを抜く。横にあるチョコレートの入った箱には、手がつけられていなかった。 スザクの持ってきたシャンパングラスをひったくるようにして掴むと、それにシャンパンを注ぐ。 「で、シュナイゼル。それは何だ?」 「このチョコレートに、果物を潜らせて食べるんだよ」 「………却下」 「そんな事言わないで、一つ食べてみてくれないか?」 「二人で食べればいい。俺はこのまま部屋に戻る」 「えぇえ!?ちょっと待ってよ、ルルーシュ」 「何だ?」 シャンパンとグラスを持ったまま、ソファから立ち上がったルルーシュの腕を掴み、座らせる。そして、スザクはその手からグラスと瓶を取り上げた。 「おい」 「あのね、ルルーシュ。解ってる?何で僕達が買ったり作ったりしてるのか」 「イベントごとが好きなんだろう?」 「違うよ!」 ああ、もう…どうしてこう、鈍いのだろう…と、スザクは深々と溜息をついた。シュナイゼルも、呆れ顔で肩を竦める。 「今日はバレンタインデーでしょ。愛を告白する日だよ」 「だから?恋人の日だろう?俺には関係ない」 「あるの。僕達は君が好きなんだよ。君に喜んで貰いたくて、こういうことするの。だから、そんなに無下にしないでくれるとありがたいんだけど」 「ルルーシュ、口を開けてくれるかな?」 スザクと正面を向いていたルルーシュの顎に手をかけ、シュナイゼルがルルーシュの口の中へ、チョコレートのついた苺を放り込む。 「むっ………………甘い」 「苺が甘酸っぱいから、丁度いいだろう?」 口に入ったものを出すことも出来ずに、咀嚼して飲み込んだルルーシュの眉間の皺が、少し薄くなる。 「ねえ、ルルーシュ」 「ん?」 グラスに注がれたシャンパンが、音を立てている。目の前に出されたそれを受け取り、口をつけると、空いている手を掴まれた。 「好きだよ、ルルーシュ。大好き」 まるで祈るように、ルルーシュの手を握り呟くスザクに、グラスにつけていた口を外した。 「おや。これは私も負けていられないね」 不敵な笑みを浮かべたシュナイゼルが、ルルーシュの頬に口づける。 「愛しているよ、ルルーシュ」 「………………………恥ずかしいやつらだな、本当に」 スザクの手を振り払い、シュナイゼルの顔を押しのけ、そっぽを向いたルルーシュの頬が赤かったのは、決して見間違いではないだろうと、二人は顔を見合わせた。 ![]() 2008年バレンタイン小説です。 えにょを書くより、普通に「好きだ」とか「愛してる」とか言わせるほうが恥ずかしいです。書いてて恥ずかしい… 本当は先に本編で告白させたかったんですが…まだ先になりそうです(苦笑) ルルーシュは鈍いので、直接言われないと気づきません。いつまででも誤解し続ける気がします。 甘ぁ〜く、を目指して書きました。甘くなってるといいな…ちゃんと。 2008/2/14初出 |