*心腹之疾 二*


 ばたん、と大きな音を立てて開かれた扉。
「ルルーシュ、捕獲成功!」
「よくやった」
 どこから取り出したのかはわからないが、突然の闖入者を縄でぐるぐる巻きにしたスザクが、その男を引っ立てるようにして連れてきたかと思うと、空いているソファに座らせ、見張るようにその正面に陣取った。
 優雅なしぐさで紅茶を飲んでいたルルーシュが、テーブルの上にカップを置く。
「それで、お前は何だ?何故俺達をつけてきた?」
 男は、ルルーシュを睨んでいるが、応えようとはしない。
「沈黙を守るか。全く、しばらく平和だと思ったんだがな」
「本当だね。お代わりは?」
「ああ。入れてくれ」
 カップに残っていた紅茶を飲み干したルルーシュが、横にいたシュナイゼルにカップを渡す。
「で、どうする?このまま放逐してもまた襲われるんじゃない?」
「目的がわからないことにはな。俺をただ殺したいのか、それとも他に目的があるのか………俺は平穏が手に入ればそれでいいから、協力できることなら協力してやるぞ」
「協力、だと?魔物に協力してもらうことなど、何もない!」
 激昂した男に、ルルーシュが眼を見張ると、喉の奥で笑う。
「魔物?俺が?何か、勘違いしているようだな」
「勘違い?私はそこの男が、酒屋で人ならざる動きをしたのを見たのだ。勘違いであるはずがない」
 男の視線が、紅茶を入れ終えたシュナイゼルを見る。
「まあ、確かに俺達は人ではないが、魔物でもないぞ」
「ならば、何だ?」
「それを応える義理はないな。俺の質問にお前は答えていないのだから」
 楽しげに口角を上げるルルーシュが、新しい紅茶の入ったカップに口をつける。
「ルルーシュ、口が淋しいの?」
「ん?ああ、いや、今は大丈夫だ」
 スザクの質問に、紅茶を一息に飲み干したルルーシュは、首を左右に振る。
「いつでも言ってね」
「わかってる」
「おやおや。抜け駆けはだめだよ」
「貴方こそ、何当たり前みたいにルルーシュの頭抱きしめてるんですか」
 腕を伸ばしたシュナイゼルが、ルルーシュの頭を引き寄せて抱きしめたのを見て、スザクが立ち上がると、ルルーシュの肩を引いて、シュナイゼルの腕の中から救出する。
「スザク、シュナイゼル、離れろ」
 命令されて、二人は即座にルルーシュから手を離す。
「まあ、後をつけてくるような奴を野放しには出来ないからな。しばらくお前を監視させてもらおう。スザク、空いている部屋にでも入れて繋いでおけ」
「わかった」
「名前だけは明かしてやろう。俺は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。こっちは枢木スザク、そしてこっちがシュナイゼル・エル・ブリタニアだ。お前の名前は?それ位教えてもいいだろう?」
「………黎、星刻だ」
「いい響きの名前だ。スザク、シュナイゼル、後を頼むぞ。俺は荷解きをする」
「わかったよ」
「じゃあ、これはさげてしまっていいかな?」
 頷くスザクと、カップをトレーに載せるシュナイゼルに頷いてやり、ルルーシュは自室へと引き上げた。


 ブリタニア。それは、世界の三分の一を治める大国の、皇族の名だった。中華連邦は数年前、そのブリタニア帝国と開戦ぎりぎりまで、冷めた関係にあった。だが、何とかそれは免れ、外交での決着を見たため、現在は冷戦状態だった。
「ブリタニア………」
 呟いた星刻は、腰にある剣に触れる。
 何故、彼らは自分の持つ武器を奪わなかったのか。鉄格子の嵌められた窓、外から鍵のかけられた扉。自由に出ることは叶わないが、しかし、室内での自由は認められている。
 壊そうと思えば、扉の鍵など壊せる。剣で斬ってもいい。しかし、そうした所で無事に逃げおおせる事も、魔物ではないと言い張るこの屋敷の三人を殺す事も、出来そうにはなかった。
 腰に佩いていた剣を鞘ごと抱えるように、その柄に額を当て、瞼を閉じる。
 思い起こすのは、流麗な白銀の姿。己の命を救い、新たな命と行く道を示してくれた、ただ一人の主。
 こうして、剣を抱え、膝を抱く己を、主は嘆くだろうか、怒るだろうか………いや、何も言わずに、微笑んでいるかもしれないと、苦笑する。
「愚かだな、私は」
 魔を、悪なるものを、全て滅するのだと、この命尽きぬ限り屠り続けるのだと、決めたのだ。ならば、このような場所で剣を抱えて瞼を閉じている場合ではない。
 立ち上がり、扉へ近づく。一度試しにドアノブを握り、廻してみるが、やはりそこには鍵がかかっている。内側からではない、外側からの鍵だ。ならば、と、剣を抜く。
 剣を振り下ろし、力任せにドアノブを破壊し、扉を蹴破る。
 決して許さないと、必ず殺すと、そう決めたのだ。たとえそれが、自らに直接関わりのないものであろうと、これから誰かに悪意を為そうとし、今まで誰かに悪意を為してきたのならば。
 静まり返る屋敷内。瞼を閉じ、耳に意識を集中させ、音を拾おうと、澄ます。
 耳が拾う、微かな音。それを頼りに、気配を絶って、慎重に足を運ぶ。
 微かに聞こえてくる、話し声。それが、最初にこの屋敷の中へと連れ込まれた際に通された部屋だとわかる。
 壁に背を張りつかせ、いつでも刃を抜けるように、そっと中を窺えば、二つの話し声。
「やっぱり、疲れてるんでしょ?長旅だったし。少し、呑んだ方がいいんじゃない?」
 ソファに座る、スザクとルルーシュ。仏頂面のルルーシュの横で、スザクが苦笑するように、肩を竦める。
「………喰らいつくぞ」
「どうぞ」
 言いながら、スザクは着ていたシャツの襟を緩め、広げる。ルルーシュの腕が伸び、スザクの肩を掴んだ。












2008/10/21初出