*心腹之疾 四*


 見張りなのか、スザクが入口に肩を預けるようにして立ち、剣を抱えて座り込んでいる星刻を眺めて、口を開く。
「君は、何がしたいの?」
「何?魔物を全て、この世から消す」
「魔物=悪、と言うのは短絡的な考え方だと思うけど?」
「知っている。だが、私にはこれ以外に道がない」
「でも、ルルーシュは殺させないよ」
「あれは、魔物だ。吸血鬼と言う、悪だ」
 星刻の鋭い視線は、スザクの立つ入口を見る。隙を見て逃げようと言うのか…だが、そんなことはさせないと、スザクは拳を握り、預けていた肩を浮かせた。
「ルルーシュは、人を襲わない。どうしようもならなくなった時以外はね。普段は、僕らの血だけで生活している。けれど、僕らの血だけだと、栄養が足りなくなる時がある。そういう時だけ、少しだけ、人から血を貰う。殺したりは絶対にしない」
「魔物の言う言葉など、信じられるか。あのような魔物に従う者の言葉など」
 頑なだな、と肩を竦め、眼を凝らす。だが、ルルーシュのように見えないモノを見ることなどできないスザクには、ルルーシュの言った“憑いている子供”はわからなかった。
 日本で言う守護霊のようなものだろうか、と思うが、どうもルルーシュの口振りからすると、それとはまた違うようだった。
 その子供が、彼を守っているのか、それとも………
 そこへ、ルルーシュが走ってくる。生乾きの髪から水を滴らせながら、バスローブの前を合わせている。
 突進するかのような勢いで走ってくると、スザクの横に立ち、星刻を見下ろした。
「俺は幽霊に憑かれる趣味はないんだ。こいつをどうにかしろ!」
 言いながら、ルルーシュは自分の肩辺りを指差す。しかし、スザクにも星刻にも、勿論後を追ってきたシュナイゼルにも、そこにいる“誰か”は、見えない。
 だが、ルルーシュは憤慨した様子で、腰に手を当てて仁王立ちになると、星刻を睨みつけた。
「この子供、何だ?気配が人間じゃない」
「えぇ!?幽霊になってもそう言うのわかるの?」
「当たり前だ。人間はもっと気配が薄い!」
 わからないよ、と思いながら、怒っているルルーシュにあまり突っ込みをしない方がいいと、スザクもシュナイゼルも、口を噤む。彼に口で勝てることは、あまりないとわかっているからだ。
「白銀の髪の子供だ。お前にずっと憑いていた。心当たりがあるだろう?」
「っ!麗華様………」
「それが、この子供の名前か」
 ルルーシュが視線を肩の辺りへ投げれば、それにつられるように、星刻も顔を上げ、泣きそうな視線を、そこへと向けた。


 命が尽きるのかと、暗い夜の闇の中で、瞼を閉じようとした。そこへ、かさりと、枯葉を踏む音がして、近づいてくる気配。息を潜めるようにして身を縮めていると、温かい何かが触れた。
「大丈夫?」
 にっこりと、向けられた笑顔。柔らかいその微笑が、暗闇の中だと言うのに、いやに眩しく見えたのを、覚えている。
 その後の記憶は途切れ、眼を覚ましたのは、月明かりの眩しい夜。意識が途切れてから一体、幾晩を経たのか、それはわからなかったが、体の節々へ感じていたはずの痛みは、大分薄れていた。
 長い銀の髪に、朱色に近い瞳の色。随分と幼い顔立ちの少女はにこりと微笑むと、名前を名乗った。
「私は蒋麗華。怪我の手当てはしてあるから、ゆっくりしていって」
 それからまた何日眠ったのか………次に眼を覚ましたのは、血のように赤い夕暮れの光が、窓から差し込む時刻だった。
 体を起して、空腹を訴えている腹を押さえ、与えられた部屋から出れば、広い廊下が延々と続く、大きな屋敷だった。
 人の気配は、なかった。
 重い体を動かしながら、誰か居ないのかと辿り着いたその先では、麗華が数人の男達に囲まれていた。
「麗華様、どうか血筋を絶やさぬために、この婚姻、受けては下さらぬか」
 男達は、揉み手をするように両手を腰の辺りで重ね、懇願している。
「私はまだ幼い。婚姻など、早いと思うのだけれど」
「いいえ。そのような事を言われては、いつか蒋家が断絶してしまいます。既に、貴女様しか残っては居ないのですから」
「それは、わかっているけれど………」
 困ったように視線を彷徨わせた麗華の瞳が、扉の側にいる姿を見つけると、立ち上がる。
「眼が覚めたの?」
 椅子から立ち上がり、近づこうとする麗華の手を、男の一人が掴むと、首を左右に振った。
「あのようなものに触れてはなりません」
「私が助けたの。だから、怪我が治るまで!」
「なりません」
 言い募る男達に、麗華の視線が下へと向けられる。けれど、涙を眦へと溜めて、今にも泣き出しそうなその様子に男達もたじろいだのか、細い腕から手を離した。
 すると、麗華はその腕の下をすり抜けて、扉の側まで駆けてくると、細く溜息をついた。
「まだ怪我が治っていないのだから、お部屋に戻らないと。あ、食事はもう普通でいいのかしら?」
 あの男達は構わないのかと、視線を向けようとすると、麗華は先に廊下へと出てしまう。その後を追いかけるように、扉から離れれば、途中でその足が止まった。
「………怪我が、治らなければいいのに」
 小さく呟かれたその言葉に眼を見張ると、慌てたように首を振る。
「だ、だって、怪我が治らなかったら、ずっとここにいてくれるでしょう!?私、ずっと一人だったの。だから!」
 あの男達はでは何なのかと問おうとして、既にその気配が先ほどの部屋から消えている事に、気づく。
「ねえ、私の、お友達になってくれないかしら?」
 眼を輝かせて言う麗華に、何と応えていいのかわからず、まだ少し痛む腕を伸ばして、長い髪の一房に触れた。
「じゃあ、一緒に、食事をしてくれる?」
 窺うように言う麗華に一つ頷くと、輝くような笑顔を向けられて、温かい気持ちが、胸に広がった。
 ずっと、一緒にいられるのだと、そう、思っていた。












2008/10/26初出