*心腹之疾 六*


 小さな狼が擦り寄り、小さく啼く。
『お願いが、あるの』
 何だと問えば、狼は縋るような視線を向けて、懇願した。
 嘆く子供には、逆らえない。


 瞼を押し上げると、紅の西に群青の東、その合間に細く白い不完全な月が昇る、窓があった。
 腕を額のところまで上げて、深く溜息をつく。自分の中に居たあの子供が消えた事を感覚として受け取り、体を起す。疲労など感じないはずの、死した己の体が重いように感じるのは、気持ちの問題だろうと、ベッドから降りる。
 寝着にしていたシャツを脱ぎ、着替えて部屋を出ると、待っていたように、シュナイゼルが壁へと背中を預けていた。
「何してる?」
「おはよう」
「ああ、おはよう。で?何をしてるんだ、そんな所で?」
「彼が、話があるそうだよ」
「ちょうどいい。俺も話がある。シュナイゼル、紅茶を」
 スザクには入れさせるなよ、と忠告を忘れずに言うと、ルルーシュは先に歩き出し、リビングのソファへと腰を下ろした。
 しばらく待つと、シュナイゼルが紅茶を入れたティーポッドとカップを持ち、それをルルーシュの前に置く。それに少し遅れ、スザクが星刻を連れてきた。
 ルルーシュの正面に座った星刻の背後に、スザクが立つ。呆れるように肩を一つ竦めて、カップへと紅茶が注がれ、角砂糖が一つ落とされるのを見て、スプーンで砂糖を崩し、溶かす。溶けていくその様子を見ながら、口を開く。
「お前、蝙蝠だったんだな」
「っ!?」
 ルルーシュの言葉に、星刻が眼を見開く。何故、とその眼が問いかけていた。
「吸血鬼に蝙蝠、か。それらしくていいじゃないか」
「何を………」
 砂糖が溶けたのを確認して、カップを持ち、一口飲み下す。
「お前、魔物を倒したいのだろう?」
「そうだ」
「お前の主を倒す事が、敵討ちが生きる目的なんだろう?俺はあの子供みたいに甘くないからな、敵討ちをするな、とは言わない。むしろ、どんどんやってくれて構わないぞ」
「それで、お前を殺しても?」
「お前程度に殺されない」
 紅茶を飲み干し、カップを置いて、口角を上げて微笑む。
「俺の血を、お前にくれてやろうか?」
「ルルーシュ!?」
「何を言っているんだい!?」
「これは元々蝙蝠だ。化け蝙蝠だぞ。お前達とは違って、騎士にはならない。けれど、長生きはするだろうな。嫌になるほど」
「どういう、つもりだ?」
「お前の中にあるあの子供の血は、そう効力が長くないだろう、と思っている。人狼だからな。お前を人の形へと変化させるだけで、長生きはさせない。それでは、敵討ちができないだろう?」
「私に、力をくれると言うのか?」
「まあ、簡単に言えば」
「そんなのだめだよ!どういうつもり?」
「彼の言う通りだ。君は私に血を与える時だって、嫌がっていたじゃないか」
 いつの間にか左右で声をあげるスザクとシュナイゼルを交互に見やり、溜息をついたルルーシュが、肘掛に肘を置いて、頬杖をついた。
「あの子供が、嘆いたんだよ」
 その一言に、スザクとシュナイゼルは言葉を失う。
 ルルーシュは、根本が優しいのだ。嘆く子供を見捨てる事が出来るような、非道な心根は、ない。
 だから、手を差し伸べようと、思ってしまう。
「お前を、死なせたくないそうだ。自分が長生きできなかった代わりに、長生きして欲しいそうだ。だが、俺が見た所、それは無理そうだからな。まあ、あの子供には言わなかったが」
「だから、血を与えてくれると?」
「お前次第だ。安楽な死を迎えるか、過酷な長い生を送るか」
 吸血鬼の血は、長く、永い命を与えてくれる。だが、長すぎる生は、退屈を齎すだろう。ルルーシュは、そう言っているのだ。その選択を、今、しろ、と。
「私は、麗華様の仇を、あの方の命を奪ったあの魔物を、まだ殺していない。それを成し遂げるまでは、死ねない!」
 腰に下げている剣に触れた星刻の瞳が、強く、輝く。その返答に、ルルーシュがにやりと、笑った。
「成立だな」
「だが、私はお前を殺す事も、諦めないぞ」
「好きにしろ。多少の刺激があった方が、楽しい」
「ルルーシュ………」
「君は、全く………」
 呆れたように苦笑するスザクとシュナイゼルに、ルルーシュは人の悪そうな笑みを浮かべると、立ち上がった。
「出かけるぞ」
 リビングを出て行こうとするルルーシュに、どこに置いてあったのか、スザクがコートを持ってくる。
「どこへ?」
 腰を浮かせた星刻へと、ルルーシュの視線が降りた。
「お前も来い、黎星刻。今日は、ハロウィーンだ」
「?」
「知らないのか?死者に想いを馳せ、鎮魂する日だ。花を買いに行くぞ。契約はその後だって出来る」


 ぱたぱたと響く羽音が、夜の闇の中を飛んでいく。辿り着いた先にあるのは、森に囲まれた一軒の屋敷。淡い橙色の明かりが漏れる窓へと近づき、そっと、その窓を羽で叩いてみれば、気づいたらしい視線が読んでいた本から上げられ、腕が伸ばされて窓の鍵が外され、開けられる。
 するりと音もなく室内へと入り込んだ黒々とした蝙蝠が、次の瞬間人の形を取ったかと思うと、銀色に輝く刃が、窓を開けた人物の頭上へと振り下ろされる。だが、その刃は空を斬り、首筋に本の角が当てられていた。
「遅い。連戦連敗だな、星刻」
 空を切った刃を鞘へと収め、男は自分の首筋へと当てられている本を押しのけた。
「お前は、毎年この日に来るな。ハロウィーンだからか?」
 窓の外、下方にある街に見える幾つもの優しい橙色の明かりは、jack‐О′-lanternの明かりだろうか。
 問いに答えるように、星刻が一つ、頷いた。







2008年ハロウィン用ギアス小説、完結です。
星刻をどうしても出したくて書き綴りました。
そして、タイトルの意味ですが………
なかなかなおらない病気、なかなか除き去ることのできない敵、と言う意味です。
色々語りたい事もありますが、あまり長くなってもあれなので。
特に期間限定物ではありませんので、このままサイトには載せておきます。





2008/10/30初出