*ハロウィンの奇跡‐T‐*


 鼻を突くような、強い、血の香り。だが、その中に生命を感じない。既に死んでいるのか………と、思うのと同時に、弱々しく小さな、命の力を感じた。
 意識がこちらへ向けられている、と一歩後退すると、寸前まで自分のいた場所に、月光にきらめく白銀の刃があった。
 見下ろせば、闇夜に輝く菫色の双眸があり、臆することなく睨みつけてきた。


 月のささやかな光が夜の闇を照らす時刻、そろそろ帰ってくるだろうかと、茶葉の並んだ台所に立つ。今夜は何を呑みたがるだろうか………と、これまでの経験から推測して手を伸ばそうとした時、遠くで玄関の扉が開く音がした。
 茶葉に伸ばしかけた手を引き、すぐさま幾枚かの扉を開けて玄関へと辿り着けば、既に出迎えに出たものがいる。
「お帰り、ルルーシュ」
「ああ、ただいま」
 当たり前のように挨拶を交わす二人を見て、ゆっくりと近づいて微笑む。
「お帰り、ルルーシュ」
「ああ、ただいま」
 全く同じ挨拶をし、ふと視線を下げると、彼の羽織る白いコートに隠れるように、包まれるように何かがいた。
「ルルーシュ、それは?」
「ああ、途中で拾ったんだ」
「拾った?」
 拾う、と言う言葉があまりにも似合わないその“何か”は、人の形をしていた。
 跳ね返った茶色の髪、白い肌、やせ細った体に擦り切れ破れたシャツと半ズボン、靴にも所々穴が開いている。
 だが、一際眼をひくのは、その双眸。きつく睨みつけるように細められた、菫色の双眸だ。子供とは思えない、殺意にも似た意思を向けてくる。
「拾った、って人間でしょ?何で?」
 驚いたように、新緑色の双眸を丸くした青年が、問いかける。
「気紛れだ。スザク、風呂に入れてやってくれ」
「えぇ?僕が?」
「どうせ、暇だろう?シュナイゼルには、俺のために紅茶を入れると言う大事な仕事がある」
 さっさと行け、といいながら、掴んでいた小さな手を離して、細い体をスザクの方へと押しやる。
 転びそうになる体を受け取ったスザクが、不承不承と言った風ではあったけれども、子供を連れて奥へと消える。
「シュナイゼル、紅茶を」
「ああ」
 言われて、そういえば紅茶を入れようとしていたのだったと、彼が帰ってくる直前までの自分の行動を思い返して、シュナイゼルは自嘲した。


 風呂に入れられ、この屋敷のどこにあったのか、子供服を着せられた子供は、出された紅茶を飲もうとしなかった。それどころか、口を開こうとしなかった。
 言葉を知らないのか、とルルーシュが挑発するように言った途端、眦を吊り上げてソファから立ち上がった。
「言葉くらい知ってる!何なんだ、お前!」
「言葉は知っていても、言葉遣いは知らないらしいな」
 言いながら、ルルーシュの手が容赦なく子供の額を指で弾く。
「いっ!」
「冬の寒空の下から暖かい家の中へ、更には風呂も貸してやり服も着せてやり、今はこうして紅茶まで飲ませてやってる俺に、その口の利き方はないだろう?」
「誰も連れてきてくれなんて言ってない!」
「言ってないが、あんな腐ったような血の中にいる人間が許せなかっただけだ」
「腐った、血?」
「こちらの都合だ。気にするな」
 言いながら、ルルーシュはカップを傾けて紅茶を口に含む。うん、美味しい、と呟いてカップをソーサの上へと置いて、子供を座らせて見下ろす。
「似てるな」
「え?」
 子供が首をかしげると、ぴくりと、スザクがその言葉に反応して立ち上がる。
「ちょっと待って、ルルーシュ。まさかとは思うけど………」
「俺はまだ何も言っていないぞ」
「言ってないけど、僕は嫌な予感がするんだよ」
「俺は、似ている、と言っただけでそれ以上は言っていない」
「じゃあ、何も考えてないね?」
「ああ」
「本当に?」
「本当だ」
「なら、いいけど」
 スザクは、まだ疑っていると言う眼をしたまま、ルルーシュを見る。その視線から逃れるように、ルルーシュは視線を外して、シュナイゼルを見る。
「この子供、栄養失調だな。回復するくらいまではここに置いてやることにする」
「それはいいけれど、面倒は誰が見るんだい?」
「お前らに決まってる」
「えぇええ!?」
「それは、ちょっと………」
 スザクが声を上げ、シュナイゼルも呆れたように言葉を零す。すると、座らされた子供が再び立ち上がった。
「何勝手に決めてるんだ!僕はこんな所に住まないぞ!」
「家があるのか?」
「っ………ない、けど………」
「親は?兄弟は?親戚は?」
「………いないよ、そんなの!!」
 喚いて、子供はソファから飛び降りると部屋を出て行こうとする。それを、先ほどまで横に座っていたはずのルルーシュが目の前にいて阻んでいることに、子供は目を丸くする。
「お前の名前は何だ?」
「………何で、そんなの聞くんだよ」
「不便だ。呼ぶ時に」
「………………ロロ」
 答えたロロの頭を、ルルーシュは軽く撫でた。その様子を見たシュナイゼルとスザクは顔を見合わせて、溜息をついた。












2009/10/30初出