*ハロウィンの奇跡‐U‐*


 騙して、盗んで、殺して、毎日を生きる。
 それ以外の方法など、命を繋ぐ手段など、知らなかった。


 屋敷の中は常に静かで、人の気配がしない。安眠などしたことのないロロは、体が沈むほど柔らかなベッドで初めて、物音一つしない静けさの中で、眠った。静か過ぎて眠れない、などと寝入り端には思ったが、気づけば翌日の夕方だった。
 眼を擦りながら体を起こし、柔らかい絨毯の上へ足を下ろす。柔らかすぎて、足が沈んで床を抜けるのではないかと思ったが、そんなことは勿論なく、歩いて部屋を出る。
 どうして、自分はここにいるのだろう。別に、大人しくここに留まる理由など、どこにもないはずなのに。けれど、ロロには家がない。親もいない。路地から路地を渡り歩いて、生きていくために必要な食べ物を手に入れてきた。
 そうだ。また、どこかへ行って食べ物を手に入れなくては………そう思って、音を極力立てないように廊下を歩いていると、背後から肩を叩かれた。
「っ!!」
 人の気配など、どこにもしなかったのに。
 今まで、ロロは塵溜めのような場所で生きてきた。死体も転がれば、盗人も大勢いるような、饐えた臭いのする路地裏で。だから、人の気配には敏感だ。自分が、殺されないために。
「よく眠れたかい?」
 なのに、後から肩を叩いてきたシュナイゼルには、気配が全くなかった。どうして、気づかなかったのだろう、と見上げていると、不思議そうな両眼が見下ろしてくる。
「何か食べるかな?」
「何か?」
「パンとか、サラダとか。空腹は?」
「お腹は、減ってる、けど………」
「なら、おいで。さっきスザク君が大量に食料を買い込んできたから、作ってあげよう」
「作る?」
 食べ物を作る、と言うのがロロにはわからなかった。だって、食べ物とは“手に入れるもの”だ。決して“作るもの”ではないのだ。
 促されてついていくと、辿り着いた部屋で、床の上に正座しているスザクを、ルルーシュが仁王立ちで見下ろしていた。
 その様子を見たシュナイゼルが軽く肩を竦めて、ロロへと中へ入るように示して、扉を閉める。
「何かあったのかい?」
「フライパンを焦がした」
「はい?」
「お前、料理をしたことはあるか、シュナイゼル?」
「君に会ってから少しずつ、ね」
「………ごめん、ルルーシュ」
 項垂れたスザクが、謝罪の言葉を口にする。それを聞いたルルーシュの双眸が鋭く細められた。
「料理が出来ないのなら出来ないと、最初から言え。無駄な見栄を張るな」
「出来ると思ったんだよ、目玉焼きくらいなら」
「油を入れずに直接卵を投入するな、馬鹿が」
 仁王立ちの姿勢から、腕を組む姿勢へと動いたルルーシュが、シュナイゼルといるロロへと視線を向ける。
「おはよう、ロロ」
「お、おは、よう?」
「おはよう、は挨拶だ。シュナイゼル、スザク。料理は俺がするから、お前らはロロに一般常識を教えていろ」
「料理が出来るのかい、君は?」
「出来る。俺の趣味は料理だったんだぞ、昔は」
 言いながら、ローテーブルの上においてあった焦げたフライパンを持ち上げる。恐らく、目玉焼きになるはずだったのであろう物体が、フライパン中央で焦げて張り付いていた。


 それからの日々は、めまぐるしく過ぎていった。ロロにとっては初めて経験することばかりで、戸惑いが大きかった。
 最初は、挨拶から。そして食事の仕方、作り方、掃除や洗濯の仕方から、買い物の仕方まで。ありとあらゆる世間一般の常識と言うものを、ロロは叩き込まれた。
 買い物などしたことがなかった。金銭に触れたことはあったけれども、それは全て盗んだものだった。掃除や洗濯もしたことがない。家がないから掃除のしようがないし、洗濯するほど衣服を持っていなかったため、新しいものを盗んで古いものは捨てていたのだ。
 食事だってそうだった。食事とは手でするものだと思っていたのだ。ナイフやフォークと言うものの存在は知っていたが、自分には一生縁のない代物だと思っていた。
「さて。じゃあ今日は、スザクと一緒に買い物に行ってこい」
「何を買いに行けばいいの?」
 渡された紙幣とメモ紙。そこには、こう書いてあった。
 この紙幣一枚で買える金額のもので、今のお前にとって有意義で有益なものを購入して来い、と。
「有意義で有益なもの?」
「そうだ。それに答えは無いが、下らない物を買ってきたら、返品させるからな」
「たとえば、どんな?」
「それを考えるのが今日のお前の勉強だ」
 ルルーシュは、ロロに学べと言う。ありとあらゆることを観察し、ありとあらゆるものへ眼を向けて、視野を広く持て、そして大いに学べ、と。ロロにはよくわからなかった。
 ここへと連れて来られてから、既に半年が経過している。行き場所のないロロにとっては、温かい食事と寝床を提供してくれる彼らは、とても稀有で貴重な存在だった。
 けれど、彼らには不思議なことが多い。シュナイゼルやスザクはいつ寝ているのかわからないし、ルルーシュは決して昼間は起きてこない。太陽が嫌いなのだと、前に言っていた気がする。だが、だからといって、夜にばかり起きてくるのはどうしてなのだろう。それに、三人とも仕事をしている雰囲気ではないのだ。仕事をせずにお金が稼げるものなのだろうか。
 それに、ここには人の気配がないのだ。三人も人が住んでいるのに、人の気配がない。自分が鈍感になったのか、とも思うが、そうじゃないような気がするのだ。
 自分は、いつまでここにいていいのだろう。いつまで、ここにいられるのだろう。
 そう考えてしまう自分の心の変化に抱くべき疑念と、またそれに対する答えを、ロロはまだ、持っていなかった。












2009/10/30初出