*ハロウィンの奇跡‐V‐*


 有意義なもの、有益なもの、と言われて思い浮かぶのは、ロロにとって生命を繋いでゆくものだ。それは、食事だ。けれど、同道するスザクに、「それはやめた方がいい」と釘を刺された。
 何故だと問えば、それを考えるのが今日の勉強だと言われてしまい、仕方なく何かないかと、あちらこちらへ視線を向ける。
 けれど、ロロの意識にひっかかるものなどない。どれが有意義で有益か、がわからないのだ。
「ロロは、欲しいものとかはないの?」
「欲しいもの?」
「そう。あれが欲しいとか、これが欲しいとか、思ったことはないの?」
「ない」
 欲しいもの、などなかった。毎日を生きることに、明日へ命を繋ぐことに精一杯で、望むことなどなかったのだ。
 それが、いわゆる夢や希望と言うものだと、ロロは知らない。ロロはそれらを知らずに、育った。だからこそ、スザクの言う言葉が理解できないのだ。
 “欲しいもの”など、命を繋ぐ役には立たない、と。
「なら、考え方を変えたほうがいい」
「え?」
「邪道と言えば邪道だけど、ロロが何を買って帰ったら、ルルーシュが喜ぶか、を考えてみたら?」
「ルルーシュが?」
 けれど、それはロロには更に難しいことで、考えれば考えるだけわけがわからなくなって、答えなど出なかった。


 多くの店が、店仕舞いの時刻になってようやく、ロロは決心してお金を使った。自分で、お金を使って買い物をする、と言うのが初めてだったロロは、とにかく緊張しっぱなしで、戻った時には疲れきっていた。
 おかえり、とルルーシュに言われて、ロロは教えられたとおりに、ただいま、と返す。早速何を買ってきたのか見せてくれと言われて、腕に抱えていたものを渡す。
 買ったのは、一冊の本だった。ルルーシュは、学べ、と言う。だから、きっとそれに一番早く近づけるのは、本だと思った。本を読んでいれば、きっと知識がつくのだろう、と。
 すると、ルルーシュが胡乱気にスザクを見る。
「お前の入れ知恵か?」
「まさか。ロロが学んでいる証拠じゃない?ルルーシュがよく本を読むのを見ているからね」
 言いながら、スザクは奥へと消える。それと入れ違うように、シュナイゼルがティーセットの乗ったトレイを運んできた。
「おかえり、ロロ。ルルーシュ、お茶が入ったよ」
「ああ」
 ルルーシュに返された本を受け取り、ロロはふと気になった。
 そういえば、この二人は兄弟なんだろうか?眼の色がよく似ているけれど、スザクは兄弟には見えない。家族、と言う言葉も少し違う気がする。血が繋がっているようには見えないからだ。
 それに、どうしてルルーシュは自分でお茶を入れたりしないのだろう。お茶を入れるのはいつだってシュナイゼルの役目で、スザクは決してそれを触らせてはもらえないけれど、家の中で力仕事が必要になれば、それらは全てスザクがこなしている。
「どうした?ロロ」
「え?あ、ううん………」
 促されて座り、考える。
 彼らが一体どういう関係にあるのか、聞いてもいいのだろうか、と。
「さて、と。ロロ。提案がある」
「提案?」
「ああ。お前、学校に通わないか?」
「学、校?」
 それは、聞きなれない単語だった。


 後から名前を呼ばれて振り返ると、そこには生徒会長のリヴァル・カルデモンドがいた。入学初日、構内案内図が見つからずに彷徨っていたロロが、最初に出会ったのが彼だった。それ以来、何くれとなく、彼はロロを気遣ってくれている。
 因みに、それは一週間ほど前の話だ。
「よう、ロロ!少しは慣れたか?」
「あ、はい、少し、だけ………」
 三学年上の彼とは、年も違えば学部も違うのだけれど(ロロは中等部で、彼は高等部だ)、何故か頻繁に校内で会うのだ。
「で、入部するクラブは決めたか?」
「いえ、それが、まだ………」
 ロロは、学校と言うものが初体験なのだ。その状況に慣れることにも四苦八苦していると言うのに、クラブ活動に学生全員が入部すること、と義務付けられているこの学園では、ロロも何かしらのクラブへ入部しなければならないらしい。
 だが、これといって気になるものはない。やってみたいと思うものはないし、まあ、強いてあげるなら楽で活動日数の少ないクラブがいいか、とは思っていた。
「それなら、やっぱり生徒会に入れよ」
「生徒会、ですか?」
「そ。生徒会もクラブ活動になるし、今ちょうど人数少ないんだよなぁ」
「それは、楽ですか?」
「楽ぅ〜!?めちゃくちゃ忙しいんだよ!人手が足りなくて困ってるんだ」
「じゃあ、遠慮します」
 ロロは、未だに人と接するのが苦手だ。あの屋敷の中でさえ、あの三人と会話をするのにも緊張するのに、さらにそれ以外の人間とも話せと言われると、困惑する。
 今も、早く解放してくれないだろうか、と心の中で溜息をついていた。
「まあ、そういわずに考えておいてくれよ。じゃあな!」
 笑いながら、リヴァルは走っていく。きっと、愛車だと言っていたバイクのところへ行くのだろう。バイク通学を可能にするために、生徒会長になったのだと言う。クラスの人達の話を聞いていると、そう言うのは不純な動機、と言うのだそうだ。
 ロロは、ふと空を見上げる。
 抜けるような青い空に、ぽっかりと浮かぶ白い雲。燦々と降り注ぐ太陽の光、遠くから聞こえてくる学生の声。きっと、これが“当たり前の日常”なのだろう。
 けれど、ロロは恋しかった。
 決して幸福ではなかったけれど、あの、暗くて湿った夜の闇はいつだって、ロロを優しく包んでくれていたから。
 夜闇に輝く月の光が、恋しかった。












2009/10/31初出